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会社の履歴書【2】パナソニック

パナソニックの野望 「暮らし独占」、世界を変える 4

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2009年5月27日(水)

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 バブル崩壊後、日本企業は好むと好まざるとにかかわらず、大きな「変革」を余儀なくされた。金融部門の痛みは、日本企業の成長を支えた間接金融の縮小、株式の持ち合いの解消を迫り、急速に進展したグローバル化は終身雇用、年功序列の終焉をもたらした。その中で問われたのは企業の変革能力である。劇的に変化する外部環境にどう対応し、組織をどう変えていくのか。それに成功した企業もあれば、依然として対応し切れない企業もある。企業が「失われた15年」をどう生きたのか。1991年以降、「日経ビジネス」で取り上げた日本の代表的な企業の記事を「会社の履歴書」として取り上げる。
(文中の肩書き、名称などは掲載当時のままです)

パナソニック(旧松下電器産業)

 米ハリウッドの映画・娯楽会社MCMの買収――。パナソニック(旧松下電器産業)の1990年代は、エレクトロニクスというハードだけの会社からソフトまでを囲い込もうとする大きな路線転換から始まった。創業者の松下幸之助氏の死去以降、脱創業家を進めてきた当時の経営陣にとって、この路線転換は幸之助氏の路線からの決別でもあった。

 だが、その新路線はあえなく潰える。映画会社との企業風土の違いを乗り越えられず、その後のゲーム機開発も失敗。以降のパナソニックはまた、長い低迷の時期を迎えた。

 だが今、パナソニックは息を吹き返した。中村邦夫前社長の改革が奏功し、社内は活性化。中村改革はパナソニックへの社名変更で完結した。新生パナソニック誕生までの軌跡を振り返る。

* * *

2008年9月15日号より

10月1日、松下電器産業が消える。系列販売店の屋号からは、「ナショナル」の文字がなくなる。
電球や冷蔵庫、洗濯機、エアコンなど家庭のあらゆる製品が「パナソニック」ブランドに切り替わる。しかし、松下の意識は、国内よりも、ブランド統一が終わったはずの海外に向いている。

=文中敬称略(戸田 顕司、鷺森 弘、小笠原 啓)

グループ融合、道半ば

「ウチほど暮らしと接点を持つ企業は世界にない」。松下社員の自負である。
だが、デジタル家電や白物、住宅・住設を融合した価値の創造は道半ば。
衆知を集めたグループ戦略は、「暮らしの独占」に向けて動き出した。

 「例えば、雨どいのブランドが『パナソニック』に変わると言われてもピンとこないですね」

 10月1日付で「パナソニック電工」に社名変更する松下電工。経営企画室長の竹安聡執行役員は、知人からこう話しかけられた際に、ニヤリと笑って切り返した。

 「ただの雨どいと思うからあきませんねん。『雨水再利用システム』と考えたら、開発の発想やアプローチも変わりますやろ」

 松下電工は2004年に松下電器産業によって子会社化された後も、「ナショナル」ブランドを使い続けてきた。松下グループの「ナショナル」製品のうち、照明や住設・建材など電工分は約7割を占める。それだけに、自社製品から「ナショナル」が消える影響は大きい。

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