「伊東 乾の「常識の源流探訪」」

「豚インフル騒動」でトクするのは誰か?

―――医療試算情報はマユにツバをつけて

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2009年5月26日(火)

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 さて、ようやっと「豚インフル」であります・・・どうして「ようやっと」なのか? というのもなかなか、ここに到達しなかったからなのです。

 いきなり話が飛ぶようですが、この連載は今回が101回目に当たります。2007年の初夏に始めて丸2年が経ちました。前回が100回目だったわけで、記念すべき第100回企画「團藤重光・高校生のための『裁判員反骨ゼミナール』」を5月21日「裁判員制度開始の日」にアップロードするべく98回99回と、世界的にも名高い刑事訴訟法の体系を自ら書き上げられた團藤先生に改めてお話を伺ったわけです。

 この間も「豚インフル」こと「新型インフルエンザ(H1N1)」は伝染し続け、その情報は氾濫して、「裁判員」の話題を含む「その他の情報」は「ブタ」にどんどん食われていきました。

 例えば5月3日「憲法記念日」、私が月一で出ているフジテレビ「サキヨミLIVE」では「裁判員特集」が組まれるはずでした。ところがまるまる「ブタ」に差し替え。私も急遽「ブタ」関連の情報を、内外の友人知人に確認して準備することになりました。

 こうやって、いろいろ話を聞くうちに、私の手元の「ブタねた」裏情報もだんだんたまっていきました。しかし「第100回 團藤ゼミナール」は、流感の一過性の流行(という表現が不思議に使えるわけですが)と違って日付つきで残しておかねばならない歴史の証言なので、「ブタ」に食われるわけにはいかなかったのです。それで「ようやっと」ということになりました。

 それにしても「ブタ」流行中に95歳の團藤先生と高校生のゼミナールを行うのには、本当に気をすり減らしました。希望学生には、ここ数カ月の海外渡航や既往歴を出してもらって、セレクションをしました。当日も團藤邸玄関脇の洗面所で殺菌石鹸での手洗いとイソジンでうがいの徹底、などなどなど。ゼミが終わった後数日も、本当に気が気ではありませんでした。

 そんな「ブタ」対策と、実は90年前のスペイン風邪流行と、「対策」がほとんど変わっていないという話を、関係者からしばしば聞きました。つまり「うがい」「手洗い」「マスク」という三種の神器は1世紀前も今も変わっていない、というわけです。

予防は公衆衛生の王道で

 スペイン風邪流行時、インフルエンザの病原体がウイルスであるとは定かに知られていませんでした。ただ、どうやら細菌ではないらしい。ろ紙で濾しても病原体が通り抜けてしまう。どんなものかは分からない、不気味な小病原体。

 でも基本的には「感染(うつ)らなければ発症しない」という大原則があります。それに沿って「うがい」「手洗い」「マスク」という、公衆衛生の王道、いわば「三種の神器」が90年前も活躍しました。

 私が小学生だった1970年代も、流感が流行ると、学校でクレゾール液を張った白いたらいに手をつけさせられたものです。今は殺菌石鹸などに様変わりしていると思いますが、医師の知人によれば、公衆衛生の王道は変わらない、とのことでした。

 今回の「ブタ」はメキシコで患者数が出ています。聞くところによれば、乾燥地域で、水の便利があまりよくない地域の中には「手洗い」や「うがい」の習慣が少ない(というかほとんどない)地域もあるといいます。仮に高地で寒冷な空気が乾燥していれば、ちょうど日本の冬場に近いのかもしれません。

 ある種の途上国で、カトリックの信仰が篤かったりする地域では「マリア様に祈れば病気は治る」といった感覚の人が決して少なくないとも聞きました。そう言えば「スペイン風邪」も「スペイン」という、やや乾燥した気候風土を持つカトリック大国の名がついています。

 これと比べると、イスラムの人々ははるかに合理的な衛生観念を文化として持っているようです。そんな目で見直すと、イスラム女性が顔にかけているベールがマスクのように見えてきたりして、不思議なものです・・・。

 閑話休題。その地域の風俗や習慣が、ウイルス病原体の伝染を容易にもし、困難にもするのは疫学的な事実です。今回の「豚インフル」がなぜメキシコで生まれ、多くの患者が出ているのか、その理由は分かりませんが、公衆衛生の「王道」が、なんらかの理由で守られない時、患者の爆発的発生が見られることになるようです。

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著者プロフィール

伊東 乾(いとう・けん)

伊東 乾

1965年生まれ。作曲家=指揮者。ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督。東京大学大学院物理学専攻修士課程、同総合文化研究科博士課程修了。松村禎三、レナード・バーンスタイン、ピエール・ブーレーズらに学ぶ。2000年より東京大学大学院情報学環助教授(作曲=指揮・情報詩学研究室)、2007年より同准教授。東京藝術大学、慶応義塾大学SFC研究所などでも後進の指導に当たる。基礎研究と演奏創作、教育を横断するプロジェクトを推進。『さよなら、サイレント・ネイビー』(集英社)で物理学科時代の同級生でありオウムのサリン散布実行犯となった豊田亨の入信や死刑求刑にいたる過程を克明に描き、第4回開高健ノンフィクション賞受賞。科学技術政策や教育、倫理の問題にも深い関心を寄せる。他の著書に『表象のディスクール』(東大出版会)『知識・構造化ミッション』(日経BP)『反骨のコツ』(朝日新聞出版)『日本にノーベル賞が来る理由』(朝日新聞出版)など。



このコラムについて

伊東 乾の「常識の源流探訪」

私たちが常識として受け入れていること。その常識はなぜ生まれたのか、生まれる必然があったのかを、ほとんどの人は考えたことがないに違いない。しかし、そのルーツには意外な真実が隠れていることが多い。著名な音楽家として、また東京大学の准教授として世界中に知己の多い伊東乾氏が、その人脈によって得られた価値ある情報を基に、常識の源流を解き明かす。

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