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「人」中心の経営に欠けているのは何か?

「モノづくり」は、日本人ではなくて「ホモ・サピエンス」の本能である

  • 常盤 文克

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2009年5月26日(火)

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 上場企業が発表した2009年3月期の決算を見ていると、大幅な赤字に転落する事例が相次いでいます。世界経済が急速に落ち込み、まさにゼロからの再出発を迫られていると言っていいでしょう。このどん底の状態からいかに新しい展望を描き、真の再生を遂げることができるのか。今まさに、日本企業の力量が問われています。

 まず最初に触れておきたいのは、戦後の日本を世界の経済大国に押し上げた原動力は何だったのか、ということです。戦後の日本は、まさに一面の焼け野原からの再出発でした。それが数十年で経済大国にのし上がっていった力は何かと問われれば、私は迷うことなく「人」だと断言します。日本国民の一人ひとりが復興を目指して頑張り、皆が力を合わせて無我夢中で働いたからこそ、世界に冠たる経済の大国になることができたのです。

 そして今また、米国型金融システムの崩壊と世界経済の混迷の中にあって、やはり同じように「人」に目が向いています。最近、「人間力」といった言葉を耳にする機会も増えました。米国流のカネ中心の経営が“破綻”した反動とも言えますが、やはりカネではなくヒト(人)中心の経営に軸足を移すべきだ、との議論が盛んになっています。

 ただ、議論の中身は、人をいかに上手に効率よく使うかとか、どんな動機づけをして人にやる気を起こさせるか、といったところに偏っています。結局のところ、どうやって売り上げを伸ばすか、利益を上げるかといった視点で人を見ているのです。これでは相変わらず、カネの臭いがします。人をカネを稼ぐための道具であるかのように扱っている気がしてなりません。

 私の言う「人を中心に置く」という意味は、その対極にあります。社員一人ひとりの夢や志、思いを大切にしながら、仕事のやり甲斐、働く喜び、生きる喜びなどを皆が共有し、仕事と人生を重ね合わせていこうという経営なのです。

生き物としてのヒトに目を向けよ

 学問としての経営学も同様です。MBAやMOTの課程では、経営戦略とか組織戦略、技術戦略、また生産論やマーケティング論などを教えます。もちろん、これらは経営において重要な要素ですが、そこには「人」というもっと大切な要素が欠けています。経営と言いながら、会社を経営することの喜びや幸せ、あるいは会社で働く人たちの喜びや幸せが、そこには感じられないのです。どうしてもカネに傾いてしまいます。

 そもそも会社とは、法人格を有する組織体です。つまり、会社はモノやカネであり、また人であり、2つの性格を同時に持つのです。それなのに、人の部分が軽んじられ、モノやカネといった部分ばかりが強調されてきたように思います。会社は「人」なのですから、ここで会社を人の側面から、もっともっと論ずるべきです。さらに法人としての人を超えて、自然人としての人、つまり生き物としてのヒトの本性をよく知ること、理解することが肝要です。

 確かに人間を一つの機械のように考えれば、モノとしてデジタルな側面から捉えることができます。人間機械論と言ってもいいかもしれません。その一方で、人間は血の通った生き物であることを忘れてはなりません。人間は時に、情動的で必ずしも理論的ではありません。アナログな側面から捉えることも大切です。つまり、人間生物論という視点です。

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