• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

北朝鮮発「核カード」とアメリカ発「サブプライム」の共通点

――板門店の地にて考える「メカニズム理解の不在」

2009年6月2日(火)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 先週5月25日、北朝鮮で2回目の地下核実験(らしきもの)がありました。

 またすぐ続いて近距離ミサイルの発射実験が行われ、それらの報道がありました。

 これに先立つ4月5日にはテポドンミサイル(らしきもの)が発射される「テポドン騒ぎ」で日本が揺れたばかりでしたが、今回の「核」は「テポドン」ほどに日本国内では騒がれませんでした。

 今週の日本はアメリカの自動車産業周りに注目が移っているかと思われますが、東アジアの「核」の問題は、目まぐるしく移り変わるトピックの1つとして、日本がいい加減に考えてよい問題ではないと思います。そこで今回はこの問題の周辺を考えてみたいと思います。

 さて、この「テポドン騒動」のちょうど翌週、私は韓国社会先進技術院の「ノーベル・シンポジウム」」のスピーカーとしてソウルに招かれました。この折、招聘元と相談して日程を組んでもらって、私は南北朝鮮間に広がる「DMZ(非武装地帯)」を訪ねることが出来ました。生まれて初めて板門店を訪れ、また和平会議場のバラックの中だけですが、北朝鮮の領土内に足を踏み入れることもできました。

韓国側から望む北朝鮮・板門店と、バラックの和平会議場(青色の建物)内から見る南北国境(「停戦ライン」)。中央のコンクリート帯が停戦ラインを示す。その右の砂利敷きは韓国、左の砂敷きは北朝鮮領内

 周知のように、韓国と北朝鮮は朝鮮戦争を「休戦」しましたが、平和条約は結ばれていないので「終戦」はしていません。そこで「停戦ライン」が定められ、そのまま半世紀以上の時間が経過しているわけです。板門店の会議場では「停戦ライン」はコンクリートの帯で示され、それを跨ぐように和平協議など南北会談のためのバラックが建てられていました。板門店を見学すると、何割かの確率で会議場内まで入ることができるそうで、運よく私たちはバラックの中に入れてもらうことができました。

北からのぞいてみた韓国

 バラックの中の、ちょうどコンクリートの真上に当たる部分に立ちながら、1983年、冷戦の最中の初留学の折に見た「ベルリンの壁」を思い出しました。当時は当然ながら「壁」の上に立つことなどできません。朝鮮半島全体は、停戦ラインは鉄製の白いポールと鉄線で仕切られているそうですが、ここではもちろん、ライン上に立つどころか、一定以上近づくだけで、生命の保証がなくなります。

 バラックの室内、ちょうど「停戦ライン」の上には韓国軍兵士が1人立っていました。またそれより北側、つまり北朝鮮側の窓から南をのぞくと、韓国兵が「北」からどのように見えるものか、私も目視確認することができました。

南北会議場内、停戦ライン上と、南側から警備する韓国兵。不意の射撃に備えて、体を半分隠している

 奇妙なことに兵士は全員、真っ黒なサングラスをかけていました。これは、日差しが強いから、などの理由ではなく、板門店が出来た当初は裸眼だったものが、南北双方で「目が合った」「いや、合わない」といったガンのつけ合い、飛ばし合いが絶えず、そこから暴力沙汰が頻発したからだと聞きました。実際、現地兵がガンつけた、つけないで開戦などされた日にはたまりません。

コメント8

「伊東 乾の「常識の源流探訪」」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック