「100年に1度」とも言われる今回の不況。まるで蒸発でもしたかのように需要が急減した事態を受け、商品の大幅な値下げや特売で需要を喚起しようとする動きが、小売りを中心に広がっている。
「だが、その多くは利益をきちんと確保する仕組みを伴わず、周囲に追随して無謀な値下げを繰り返しているに過ぎない」。企業の価格戦略研究の第一人者である学習院大学経済学部の上田隆穂教授はこう喝破する。
需要蒸発に見舞われるほど深刻な不況にあっても、利益を出せる価格を設定する。そして、その価格で製品やサービスを消費者に購入してもらう仕組み作りが必要だと上田教授は説く。今回の連載では、同教授に、企業が本当に実践すべき価格戦略について企業の実例を基に解説してもらう。
(取材構成:日経ビジネス記者 中野目 純一)
「イオンの価格は、他店にくらべて、決して安くはありませんでした」「イオンの売場には、欲しいと思える商品が並んでいませんでした」「イオンは、お客さまへのサービス改善を、怠っていました」
総合スーパー最大手のイオンは今年3月、こうしたお詫びの言葉を並べた広告を出し、生活必需品5100品目を値下げするキャンペーンを始めて話題を呼んだ。
同社だけでなく、小売りの大半が商品の大幅な値下げや特売の実施に踏み切っている。それに伴って、消費財メーカーの多くが、自社製品の値下げを余儀なくされている。
1年前の今頃はまだ、資源や原材料の価格高騰を背景に、多くの企業が値上げを検討し、小売りも容認の姿勢を示していた。それが昨年9月のリーマンショックを境に消費財の需要が急減するや否や、今度は値下げへと一斉に動き出したわけだ。
その企業の姿に、デジャヴ(既視感)を覚える人も多いだろう。バブル崩壊後にモノやサービスの価格が下がり続けたデフレを思い起こさせるからだ。
「価格破壊」という流行語まで生み出した本格的なデフレが再来すれば、それは、多くの企業にとっては悪夢のような出来事であるに違いない。
価格がとめどなく下落し続けたため、売り上げの増大によって業績を回復させるどころか、利益の確保がままならなくなって業績をさらに悪化させる企業が続出したからである。その結果、多くの企業が経営に行き詰まって破綻した。
この苦い経験を踏まえて、2000年代に入って景気が拡大し始めると、多くの企業がデフレからの脱却を図った。製品やサービスの質に見合った適切な価格を設定し、利益をしっかりと確保しようと努めたのである。それが今、再び価格破壊のオンパレードへと逆戻りしようとしている。
「恐慌」でも消費者は一様にはならない
確かに需要が世界的に“蒸発”してしまった今回の不況は深刻だ。今年1〜3月のGDP(国内総生産)が年率換算で戦後最悪の15.2%のマイナスとなるなど、各種の統計結果が深刻さを物語っている。
「景気の悪化に伴って、消費者の購買意欲は急速に冷え込むはず」。こう考えるのはごく自然な反応だろう。だからこそ、大幅な値下げや特売による価格破壊の動きが再び勢いを増しているのである。
しかし、すべての消費者が一様に価格の安いモノしか買わなくなっているのだろうか。
答えは「否」である。現実には不況がどんなに深刻でも、価格の低さよりも商品やサービスの質を重視する消費は存在する。すべての消費者が一様に同じ消費行動を取るようになることはないのである。
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学習院大学経済学部教授。現在は経済学部長と学習院マネジメント・スクールのヘッド・マスター(校長)を兼務する。専門分野は価格マーケティングとセールス・プロモーション。1978年東京大学経済学部経済学科卒業、東燃入社。80年に退職し、一橋大学大学院商学研究科修士課程に進学。85年博士課程の単位取得後に退学して、同大学商学部助手に就任。学習院大学経済学部専任講師、同助教授を経て、92年から教授。2000年に経営学博士号を取得。主な著書に『マーケティング価格戦略』(有斐閣)、『日本一わかりやすい価格決定戦略』(明日香出版社)など

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