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episode:13
「こういう人生のことを、幸福な人生というのだ、たぶん」

  • 阿川 大樹

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2009年6月9日(火)

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前回までのあらすじ

12年ぶりに大日本鉄鋼に戻った旭山隆児(あさひやまりゅうじ)が立ち上げた新部署の名は、第三企画室。部下は風間麻美(かざまあさみ)と楠原弘毅(くすはらこうき)のふたりだけだ。インドの鉄鋼会社、ヒッタイト・スチールが大日本製鋼を買収するかもしれないという厳しい状況下、旭山は「1週間出社禁止、その間は好きなことをすること」をふたりに命じた。風間麻美は父が遺したバイクに乗り、早朝、海沿いの道を走った。

 風間麻美は道路を脇へそれて、漁港に入っていった。

 朝の水揚げはとっくに終わってしまったのだろう、ほとんど人気のない漁港の岸壁に、一台のバイクが駐まっていた。

画像のクリックで拡大表示

 さっき自分を追い抜いていったバイクだ。

 赤と白のツートンカラーが特徴的なCB750F。その赤のことを「ホンダ色」と麻美は勝手に呼んでいる。少しだけ渋みを湛えながらそれでも赤としかいえない赤だった。

 バイク乗りの多くがそうだと思うけれど、行く先々で、同じメーカーのバイクを見かけるとなんとなく親しみを感じる。父の形見のオートバイも同じホンダだった。

 CB750Fから数メートルの間隔をあけて、自分のバイクを駐め、長い時間前傾姿勢だった身体を伸ばしながらヘルメットを脱ぐと、濃い潮の匂いが身体に入ってくる。

 見渡した漁港の隅に食堂の暖簾(のれん)が自分を誘うように揺れていた。

 時刻は8時少し前。朝食の時間にはちょうどいい。

「ああ、さっきずっと前を走っていたお嬢さんですね」

 引き戸を開け、テーブル3つばかりの狭い店の中を見回すと、つけっぱなしのテレビの下で定食を食べていた男性が口を開いた。お嬢さんと呼ばれるのは何年ぶりだろう。父の高校時代の友人が千葉の実家に立ち寄ったときに、高校生だった自分がそういわれたことを覚えているけれど、それ以来、父と一緒に人前に出た記憶はほとんどなく、名家の出でもないから、一人の時にお嬢さんと呼ばれることなどもちろんなかった。

「お若いのに珍しいバイクに乗ってますね」

「は、ええ」

「GB250クラブマンでしょう? 渋すぎる」

「いえ」

 麻美はどう答えたらいいのか計りかねたが、渋すぎるというのは褒め言葉なのだよというように、目の前の男性は柔らかい笑顔を湛えていた。頭には白髪が目立つ。真新しい皮ツナギの上を半分脱いで、腕の部分を年齢なりにお腹の出た腰に回して前で結んでいた。銀色のヘルメットには傷ひとつない。

 新車から20年ほど経っているこのバイクを28歳の自分が乗っているというのは、少なくとも多数派には属さない。父の形見のバイクなのだと言おうかと思ったが、ゆきずりの男性に話す話題ではないと思った。ただ、自分が褒められたというよりも、父が褒められたような気がして、それが少しこそばゆい。

「あ、定食、お願いします」

 そばで話の切れ目を待っていた店のおかみさんに注文を伝える。

「バイクに乗っている若い人を見るのは珍しくなっちゃったね」

 男はひとりごとのように言った。

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