• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

episode:13
「こういう人生のことを、幸福な人生というのだ、たぶん」

  • 阿川 大樹

バックナンバー

2009年6月9日(火)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

前回までのあらすじ

12年ぶりに大日本鉄鋼に戻った旭山隆児(あさひやまりゅうじ)が立ち上げた新部署の名は、第三企画室。部下は風間麻美(かざまあさみ)と楠原弘毅(くすはらこうき)のふたりだけだ。インドの鉄鋼会社、ヒッタイト・スチールが大日本製鋼を買収するかもしれないという厳しい状況下、旭山は「1週間出社禁止、その間は好きなことをすること」をふたりに命じた。風間麻美は父が遺したバイクに乗り、早朝、海沿いの道を走った。

 風間麻美は道路を脇へそれて、漁港に入っていった。

 朝の水揚げはとっくに終わってしまったのだろう、ほとんど人気のない漁港の岸壁に、一台のバイクが駐まっていた。

画像のクリックで拡大表示

 さっき自分を追い抜いていったバイクだ。

 赤と白のツートンカラーが特徴的なCB750F。その赤のことを「ホンダ色」と麻美は勝手に呼んでいる。少しだけ渋みを湛えながらそれでも赤としかいえない赤だった。

 バイク乗りの多くがそうだと思うけれど、行く先々で、同じメーカーのバイクを見かけるとなんとなく親しみを感じる。父の形見のオートバイも同じホンダだった。

 CB750Fから数メートルの間隔をあけて、自分のバイクを駐め、長い時間前傾姿勢だった身体を伸ばしながらヘルメットを脱ぐと、濃い潮の匂いが身体に入ってくる。

 見渡した漁港の隅に食堂の暖簾(のれん)が自分を誘うように揺れていた。

 時刻は8時少し前。朝食の時間にはちょうどいい。

「ああ、さっきずっと前を走っていたお嬢さんですね」

 引き戸を開け、テーブル3つばかりの狭い店の中を見回すと、つけっぱなしのテレビの下で定食を食べていた男性が口を開いた。お嬢さんと呼ばれるのは何年ぶりだろう。父の高校時代の友人が千葉の実家に立ち寄ったときに、高校生だった自分がそういわれたことを覚えているけれど、それ以来、父と一緒に人前に出た記憶はほとんどなく、名家の出でもないから、一人の時にお嬢さんと呼ばれることなどもちろんなかった。

「お若いのに珍しいバイクに乗ってますね」

「は、ええ」

「GB250クラブマンでしょう? 渋すぎる」

「いえ」

 麻美はどう答えたらいいのか計りかねたが、渋すぎるというのは褒め言葉なのだよというように、目の前の男性は柔らかい笑顔を湛えていた。頭には白髪が目立つ。真新しい皮ツナギの上を半分脱いで、腕の部分を年齢なりにお腹の出た腰に回して前で結んでいた。銀色のヘルメットには傷ひとつない。

 新車から20年ほど経っているこのバイクを28歳の自分が乗っているというのは、少なくとも多数派には属さない。父の形見のバイクなのだと言おうかと思ったが、ゆきずりの男性に話す話題ではないと思った。ただ、自分が褒められたというよりも、父が褒められたような気がして、それが少しこそばゆい。

「あ、定食、お願いします」

 そばで話の切れ目を待っていた店のおかみさんに注文を伝える。

「バイクに乗っている若い人を見るのは珍しくなっちゃったね」

 男はひとりごとのように言った。

コメント4件コメント/レビュー

クラブマン・・・確かに、渋すぎる(笑)。最近の若者はビッグスクーターばかりですね。もはやバイクはかつてのような情緒的価値を伴った商品ではないのでしょう。クルマも然りですが。(2009/06/09)

「第三企画室、出動す ~ボスはテスタ・ロッサ」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

クラブマン・・・確かに、渋すぎる(笑)。最近の若者はビッグスクーターばかりですね。もはやバイクはかつてのような情緒的価値を伴った商品ではないのでしょう。クルマも然りですが。(2009/06/09)

片岡義男世代には、たまらない展開ですね。私も30過ぎまで自転車もよく乗らなかったですが、今では電動バイクで疾走してますから、この気持ち良くわかります。(2009/06/09)

episode:1から楽しみに読ませていただいております。最初の話から、いくつかの意外な転換点があり、その度驚かされておりましたが、一番驚いたのは、前回のepisodeでした。まさか日経BPでオートバイの話が読めるとは..それにしても作者の方は、かなりのツウとお見受けしました。いくつかの描写は、乗らない人間には解らない筈ですので。私自身は、高校時代に内緒で免許を取ってから、今まで乗り続けている"不良"ですが、学生時代の平日ツーリングを思い出し、なんだか心があったたかくなりました。他の乗らない方々も、同じような感想を持たれるのか、少し気になりますが。あと10年もすると、内燃機関を動かすこと自体が後ろめたくなりそうな、そんな時代になってしまいました。電動自転車が原付バイクの販売数を越えたとも聞きます。キーワードは、やはり"エコ"でしょうか?今後の展開を、毎週楽しみに読ませていただきます。(2009/06/09)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

テスラのような会社と一緒にできないのなら、パナソニックはイノベーションを起こせないだろう。

津賀 一宏 パナソニック社長