「パラレルキャリア」
読者の中には、少し懐かしい、と思われる方もおいでになるかもしれない。かつて、P・F・ドラッカーが著書の中で繰り返し提唱していた思想である。
人がその時携わる仕事に成功を見いだせなかった時、あるいは、何らかの理由で飽き足りなくなった時、新たなる人生の設計が必要となる、とドラッカーは説いている。そして問題解決法の1つとして掲げているのが、「パラレルキャリア」(第2の仕事)。本業を持ちながら、もう1つ別の世界を持つことである、と。
昨今の社会状況の中、ビジネスパーソンを取り巻く環境は厳しい。賃金カットや残業廃止などの問題が噴出する中、ダブルワークにおける過酷な状況も耳にする。
折しも、今年はドラッカー生誕100年。1つの会社組織だけに依存しないキャリアを築くために、単に副収入を得るための副業やサイドビジネスとしてではなく、「もう1つ別の世界」を持つことについて考えてみてはいかがだろうか。
今回から、2人の女性をご紹介しよう。共に平日は会社員として仕事をこなしつつ、週末を普段の仕事とは全く違ったジャンルでパラレルキャリアを実現する彼女たち。そこに共通するキーワードは「和」である。
茶道はプロジェクトマネジメント

最初に紹介するのは、裏千家茶道教室「一里庵」を運営する市原宗里さん。現在はIT(情報技術)系企業に勤務し、平日はフルで働きつつ、週末の土日に茶道教室を開いている。現在の生徒数は男性4人を含む12人。年齢構成は小学3年生から40代まで幅広い。「宗里」とは、市原さんの「茶名」である。
教室を開いたのは3年前。「始めた当初、お教室は月1回。知人の娘さんなど3人を教える、こぢんまりとしたスタートでした」と語る市原さんは43歳。茶道歴は約20年だが、60〜70代が代が現役で活躍するお茶の世界では、かなり若い先生と言える。
市原さんはコンピューター系業界紙の出版社の経理部門を皮切りに、広告代理店の社長秘書、マネジメントコンサルティング会社などに勤務してきた。
茶道と出会ったのは、20代。社会人になってまもなく、仕事で知り合った年上の女性の美しい所作に惹かれた。自分もああなりたいと思い、お茶を習い始めた。
こうして、仕事を続けながら趣味として20年間茶道の稽古をしてきたが、「自分で先生として教えよう」と思ったきっかけは2つある。
1つは自身の年齢によるもの。30代の頃から茶道の師匠に、「教えることは学ぶこと。あなたも教えてみたら」と言われていたが、その年齢ではまだ説得力に欠けるのではと決断できずにいた。だが40歳になった時、「もしかするとこれが折り返し地点。これから先の人生を改めて考えて、新しいキャリアに踏み出すなら今かもしれない」と思った。40歳を過ぎて自分にGOサインを出したのである。
そして、もう1つのきっかけがユニークだ。
市原さんのビジネスキャリアの中心を占める「プロジェクトマネジメント」の考え方に、茶道の思想と共通性があるのではと、ある日気づいたのだという。
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和ークショップ「和ゆらり」主宰。伊勢出身。皇學館大学卒業。地元で小学校教師を務めた後、1980年に上京。教育系出版社を経て、西武タイム(現角川SSコミュニケーションズ)に入社。「レタスクラブネット」の立ち上げなどに携わる。現在「日常着としての着物」の啓蒙活動を中心に、編集・広報の“三足の草鞋”で奮闘中。(写真:山田 愼二)
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