前回、「自分の可能性を自分で勝手に決めてはもったいない」という話をしました。読者の皆さんの中には、「そういう気持ちを持つことが大事なのは分かるけれど、そうは言っても人間の可能性には限界があるのでは?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。
確かに「どんなに頑張っても無理」ということが世の中にないわけではありません。でも、人生では、“本当にやりたいこと”に“真剣に取り組む”と、案外できてしまうことも多いと私は思います。
素人集団がテレビ制作?
なぜ、そんなことが言えるのか。私自身、これまでの人生で何度も、周囲の人たちの助けを借りながら、「無謀」を乗り越えてきた経験があるからなんです。
ラジオで通販番組を始めたことが今のジャパネットたかたの出発点になったという話を以前、このコラムでしましたが、今回はその後の話をしたいと思います。
私は1986年に会社を作り、90年にチャンスに恵まれラジオ通販を始めました。すると、今度は音声だけでなく映像を使って商品をお客様に紹介したくなり、94年にはテレビ通販に進出しました。

当初は外部の制作会社に外注していましたが、テレビ通販を始めて数カ月も経たないうちに、「今度は自前のスタジオを造って、番組を自社制作したい」と思い始めました。それを口にすると社員の多くが戸惑いの表情を浮かべましたが、社員も私が一度言い出したら聞かないことをよく知っていますから、黙ってついてきてくれました。
スタジオの建設もさることながら、カメラマンなどの専門スタッフは一人も社内にいません。周囲からは「無謀だ」と言われましたし、おそらく社員の大半も「さすがにそれは無理だろう」と心の中では思っていたのでしょう。
でも、私はどうしても自社制作がやりたかった。
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1948年長崎県生まれ。大阪経済大学経済学部卒業後、機械メーカーを経て、父親が経営するカメラ店へ。86年に独立して「たかた」を設立。90年のラジオショッピングから通信販売に乗り出す。94年、テレビショッピングにも進出し、業績を伸ばす。99年、現社名に変更。







