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同時多発の声が生む「信仰」

社会評論家、ジャーナリスト・武田 徹氏

2009年7月24日(金)

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 新ウェブサービス「Twitter(ツイッター)」が注目を集めるきっかけとなった1つに、6月のイラク大統領選がある。

 現職大統領のマフムード・アフマディネジャド氏が再選を果たすと、すぐに、対立候補だったミルホセイン・ムサビ氏が不正を訴えた。そして、選挙への抗議デモが始まり、政府の弾圧も起きた。この現地の様子を、イラクの民衆が世界に発信したツールがTwitterだった。

 この動きを「民主化」と礼賛する向きは多い。しかし、偏りや誤解を含む可能性がある個人の発言を、“盲信”するリスクを見逃していないか。連載第2回目は、社会評論家・ジャーナリストである武田徹氏に、イラク報道とTwitterについて、筆を執ってもらった。

 6月のイラン大統領選挙での不正を告発し続ける反大統領派のイラン市民が盛んに「Twitter(ツイッター)」を利用していると聞いて、歴史は繰り返すのだと思った。

 ブログもかつて「紛争状況」の中から頭角を現したからだ。

 インターネットを定期的に巡回し、注目すべきウェブサイトにリンクを張り、その集積を自分のウェブサイトに記録する作業、つまり「ウェブ(Web)のログ(Log)取り」が、やがてブログ(Blog)と略称され、リンクよりも、リンクについてコメントするテキスト部分が重視されるようになっていく。

 そんなブログの普及に拍車がかかったのは、1990年代末にBlogger(ブロッガー)やMovable Type(ムーバブルタイプ)などのブログ作成支援ソフトが登場したことだった。これらにより誰でも簡単にリンク+テキストのスタイルのサイト開設が可能となり、さらに引用先のブログにリンクしたことを知らせるトラックバックという独特の技術も利用できるようになった。

「9・11」でブログがメディアに

 しかし、ブログの数的な拡大ではなく、そのメディアとしての存在感を示したのは、2001年9月11日に米国で起きた同時多発テロであった。

 「9・11」以後、米軍や米政府の情報統制は熾烈(しれつ)を極め、ナショナリズムに燃える世論を配慮してマスメディア自身も自粛を余儀なくされた。こうした状況にブログは抗おうとする。“カウボーイ気取り”のジョージ・ブッシュ米大統領に対する違和感や、前線に駆り出される兵士の本音の吐露などはブログでしか読めないコンテンツになった。

 ブログこそ、マスメディア・ジャーナリズムを補完する新しいオルタナティブなジャーナリズム・メディアになると考えられるようになった背景には、こうした戦争状況とそれに伴うマスメディアの報道管制=報道自粛の構図があった。

 しかし、当時のブログは本当にオルタナティブなジャーナリズム・メディア足り得ていたのだろうか。

 1つ視点をずらしてみよう。社会学者である清水幾太郎(1907~88)は、『流言蜚語(りゅうげんひご)』(日本評論社、1937年)で、流言が公式報道に対する飢餓感から生まれると、かつて指摘した。

 例えば「新聞が独自の機能を失って官報化すればするほど、その空隙を埋めるものとして流言蜚語が蔓って来る」のだと。しかし現代社会において、公式報道の空隙は新しいメディアを呼び寄せる。ブログがそんな「公理」の最初の実証例となる。

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中村 克己 元ルノー副社長、前カルソニックカンセイ会長