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「東アジア非核圏」のEUにも勝る経済可能性

――常識の源流対論・土山 秀夫 (その2)

2009年8月18日(火)

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その1から読む)

土山 秀夫(以下、土山) 2002年のことなのですが、アメリカで保管されていたある公文書を、うちの大学(長崎大学)の医学部のグループが翻訳したんですね。そこに被爆地に進駐してきた軍医とか、あるいは電気関係の技師、そういう人たちの記録が詳細に述べられているんですが、僕はそれを見た時に非常に気になったことがあるのです。

伊東 乾(以下、――) と言いますと?

土山 秀夫(つちやま・ひでお)氏
1925年長崎市生まれ。45年8月9日、医学生として原爆投下直後の長崎市内で被爆者の治療に当たる。52年長崎医科大学卒業。学生時代から江戸川乱歩編集「宝石」誌上で推理小説作家・土英雄としても活躍。59年イリノイ大学留学を期に推理小説は休筆し、病理学に専念。長崎大学教授(1969~90)、医学部長(1982~86)、学長(1988~92)を経て現在同名誉教授。90年代以降、既成のイデオロギーや政治と明確に一線を画す市民の立場から核兵器廃絶運動に精力的に取り組む。世界平和アピール七人委員会委員、核兵器廃絶ナガサキ市民会議共同代表。著書に『病理学総論』(医歯薬出版)、『カントと生命倫理』(晃洋書房)『さらば、クライスラー』(日本図書刊行会)など多数(写真:増田 泰久、以下同)

土山 その調査団が来たのが、長崎の場合は9月20日から10月6日まで、つまり16日間調査しているんですね。

 これが広島だと10月3日から7日まで、たった4日間なんです。普通ですと、広島があれだけ被害が大きくて、ひどくて、いろいろな意味で当然、調査の対象になるはずなのに、なぜ長崎にそれだけ力を入れたのか?

 これはやはり「これから先、核兵器の主流はプルトニウムだ」ということで、それに力を注いだんじゃなかろうかと僕は推測しました。つまり、長崎での被爆者のいろいろな疾病状況を調べることによって、実験的な裏付けが明らかにされるようにしたんじゃないかと。

―― 都市破壊実験、というだけでなく、その後の放射線障害までもが兵器の威力の「データ」として、綿密に計られた可能性があるということですね。

土山 ええ、この計画にも、実は「マンハッタン」という名前が付いているんですけど。

―― 「マンハッタン計画」は原爆製造プロジェクトとしては有名ですけれど・・・。

土山 「広島、長崎マンハッタン管区原子爆弾調査団」というものは、あんまり知られてないんですよね。長いこと公文書が公にされてなくて、この頃になってオープンになったものですから、それで手に入ったということです。

―― それは、原爆製造計画の最終的な報告書を書き上げるうえで、爆弾の効果として物理的な破壊効果だけでなく、放射線障害など人間に対する2次的影響までも含めて考えると、「マンハッタン計画」の最終段階である可能性が考えられますね。

土山 そういうふうなことから私は、特に長崎原爆は、プルトニウムを使ったということで、「実験」という面も非常に大きかった、無視できなかったと思うようになったのです。後は大変政治的な状況で、例えばソ連参戦が早まってしまうと、ソ連の方がむしろ主導権を取るかもしれない。あるいは戦争全体の勝利にソ連が恩を着せるかもしれないという恐れがあって、何とかソ連参戦の前に早く落とさなくてはという意図でやったという説もありますね。

 逆に落とされた側の日本政府はどうだったのか、というのも気になりまして、今でこそオープンになりましたけど、当時はまだオープンになってないものもあれやこれや探しました。

―― 本当に頭が下がります。

土山 それによりますと、広島に原爆が落ちた時の御前会議もそうなんですけれども、天皇を除く閣僚だけの会議の時も、軍がこういうのは無視しようと。本当に原爆かどうかも疑わしい、と発言しているのですね。

―― 島国根性もここまで来ると、嘆かわしいというのを超えて致命的、本当に致命的です・・・。

「原爆」を認めようとしなかった陸軍首脳

土山 ラジオ放送では原爆とハリー・トルーマン米大統領が言ったけれども、非常に性能の高い新型爆弾だと。だからあくまで、今までの一億総決戦の意志は変わりがない、と軍部は押し切ってしまっているんですね。天皇は本当は、原爆まで落とされるに至っては、もうここは・・・という気があったらしいんですけど、なかなかそれが言えない状況だったんですね。

―― 生々しい政治ですが「冷戦後」も終わった2008年以降の世界で、日本がアメリカの傘の下に入れるかどうか分からない状況下、絶対に検証しなければならない問題だと思います。

土山 それで今度は、長崎に落とされる時はどうだったか、と調べますと、あれが午前11時2分に落とされていますね。同じ9日の未明に、ソ満国境からソ連軍がわっと侵入してきているんです。その報は当時の鈴木貫太郎首相にいち早く知らされて、そのときの鈴木貫太郎さんの談話が、側近の人がメモをしたのが残っているんですね。

―― そこまでお調べになっておられるわけですね!

土山 ええ、それによると、とうとうソ連が参戦したか、こうなればかねて自分も覚悟していたように、いよいよ最後の時が来たと。昭和天皇ももともとは、もう戦争はやめるべきというご意思があったから、そのようになるはずだというメモを残しているんです。だから、それはまだ長崎原爆が落ちる前の話ですから、いかにソ連参戦も日本側にとっては大きなショックだったかということです。

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