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第1話「去年の9月、あのショックですべてが変わってしまったんです」

2009年9月16日(水)

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編集部からのお知らせ

「会計物語」の新シリーズが今日から始まります。

 主人公の団達也は中堅部品会社・ジェピーの経理部に勤める熱血漢。第一シリーズでは、会計士の西郷幸太、経理部員の細谷真理とともに、社内で行われていた架空取引や循環取引といった紛飾を暴きました。

 その功績を認められた達也は、第二シリーズでは経理部長に昇進。資金繰りに窮していたジェピーでしたが、生産工程を見直すことで生産スピードを上げ、少ない資金で現金を生み出す体質に会社を変革しました。

 これまでのシリーズと同様、新シリーズも会社を支える管理会計の最新理念を学べる“会計小説”です。利益と経営の本質とは何かが、会計知識を通して見えてきます。

 掲載は毎週水曜日。“水曜の朝は「会計物語」”と覚えていただければ幸いです。

 

2009年9月14日 日野原工業

 日野原五郎は、時折話すのをやめ、社長室の窓の外にそびえる山々を眺めてため息をついた。

「80年なんてあっという間ですよ」
 その言葉には、言いようのない無念さがにじんでいた。日野原は深いしわで覆われた血の気のない顔を西郷幸太に向けて、再びかすれた声で話を始めた。

「先月、子供たちに傘寿の祝いをしてもらいましてね。この会社を立ち上げてもう50年になります。夢中で頑張ってきましたよ。若いころは毎日が午前様でしてね。お得意様と夜通し酒を飲み交わしたもんです。

 接待することが仕事だった。家で夕食をとるなんて年に数日でね。子供が小さい時なんか、私が抱きかかえようとすると泣き出したものですよ。たまにしか見ない父親の顔を、子供は忘れるんです。

 だが寂しくはなかった。私にとっては、子供より会社のほうが大切だったんです。名誉職も10や20なんてもんじゃありません。勲章ももらいました。幸せな人生でした。それもこれも『日野原工業』があればこそなんです。

 この会社は私が作って、私がここまでに育てた、と信じてきました。ところが、最近になって初めて気づいたんです。そうじゃないんだって。日野原工業が三河で5本の指に入る会社になれたのは、日豊自動車、それから黙ってついてきてくれた従業員たちのお陰だったんです。

 日豊自動車が大きくなったから、うちの会社も大きくなったんです。コバンザメと揶揄されたこともありました。でも、その通りでした。ご存じのようにうちの会社は自動車の電子部品を作っているでしょ。しかし、自社で開発した部品はないんです。日豊自動車から指示された製品を、日豊自動車の設計図と生産技術で、言われるままに作って、納めることで大きくなったんです。

 たしかに、ジャストインタイムシステムですから、製品在庫を抱えることはありますよ。でも、そんなのは大したことじゃあない。開発部門も営業部門も持たずにここまで大きくなれたんです。私は運が良かっただけだったんです。すべてが変わって、そのことにやっと気づいたというわけですよ」
 こう言うと、日野原は苦笑いした。

「すべてが変わった…」
 西郷は身を乗り出した。

「「熱血!会計物語 ~社長、団達也が行く」」のバックナンバー

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「第1話「去年の9月、あのショックですべてが変わってしまったんです」」の著者

林 總

林 總(はやし・あつむ)

公認会計士

外資系会計事務所、監査法人勤務を経て開業。国内外でビジネスコンサル、管理会計システム導入コンサルのほか、大学で実践管理会計の講義を行っている。また管理会計の草の根活動として、団達也会を主宰。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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