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バイオ「製造技術」にチャンスあり

旭硝子、9人のチームが10年間で100人に

  • 星 良孝

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2009年9月16日(水)

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 バイオと言えば、夢の新薬を見つけ出すことへの期待が大きいが、日本が得意とするモノ作りの分野にもチャンスはある。

 ガラス国内最大手の旭硝子がバイオ医薬の受託生産を手掛けていることは一般にはあまり知られていない。業績について詳しく書いた決算短信にも記載がない。しかし、旭硝子はこの分野では知る人ぞ知る国内最大手で、モノ作りのアプローチから存在感を示す。

 バイオ医薬の委託生産事業を拡大して、10年前にわずか9人で始まったプロジェクトが、今や100人の大所帯になった。草創期から携わってきたASPEX事業推進部の熊谷博道事業統括部長らから、バイオ市場への参入戦略を聞いた。

(聞き手は星良孝=バイオ部編集)

 ―― なぜ、旭硝子がバイオ医薬を手掛けているのか。

 熊谷 当社は硝子製造で使われるフッ素事業を中心とした化学事業を手掛けている。そうした背景からいろいろな研究をしてきたが、その中で遺伝子組み換え酵母を使って、化学品を生産するという研究が始まった。

 当社の研究対象は酵母。酵母が遺伝子情報に基づいてたんぱく質を作り出す仕組みを利用して、酵母にヒトのたんぱく質を作らせるように研究を重ねてきた。その研究がバイオ医薬の受託生産事業の始まりだった。

医薬の種でなく製造技術を育てる

 ―― 異分野からのバイオ市場への参入というと、医薬品の商品化を目指す発想になって不思議はない。しかし、旭硝子は創薬の道には入らなかった。

ASPEX事業推進部の熊谷博道事業統括部長
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 熊谷 バブルがはじけた後、社内で研究テーマを絞り込めという指示が出ていた。当社がそこで選んだ道は、医薬の種を育てるのではなく、製造技術を育てるということだった。

 当社の製造技術はバイオ医薬の開発が活発になるほど引き合いは増える。1990年代後半から、バイオ医薬を開発しようとする企業が着実に増えた。バイオ医薬の開発が活発である限りは需要はある。バイオ医薬そのものの創薬を目指す場合は失敗のリスクが高い。

 それに加えて、分裂酵母による独自の製造技術が、米国の大手製薬企業の目に止まったことが大きかった。米国大手が当社を訪ねてきて、ライセンス契約を結ぶまでに話が発展したのだ。米国の企業が認めてくれたことは、社内にインパクトを与えた。

 これがきっかけで1998年、社長プロジェクトである「ニュービジネスチーム(NBチーム)」に選ばれた。酵母研究に携わってきた7人に加えて、2人の補充を認められて9人の部署が発足し、バイオ医薬の受託生産の事業が船出した。

「ベストナイン目指せ」と激励されたが

 ―― 10年後に部署に所属する従業員は10倍の100人に拡大した。当初から、事業の成功に自信を持っていたのか。

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