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新政権は「閥族支配」の癌を切れるか?

――別の角度からの鳩山政権への期待(その2)

  • 伊東 乾

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[1/6ページ]

2009年9月29日(火)

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 前回も、予想をはるかに上回る読者の皆さんに記事を読んでいただくことができました。心からお礼を申し上げます。「シルバーウイーク」で更新まで時間があったためかと思いますが、身の引き締まる思いがします。

 頂戴したコメントを拝見して、前回、いくつか誤解を招く表現があったように反省しています。

 非常に重要なのは、ラストにも記した通り「ウソでない政治の言葉を使う」ことです。これは、結果的にであれウソをつくようなことにならない、という意味でもありますし、つまらない揚げ足を取られるようなワキの甘い言葉遣いをするべきでもない、という別の意味も含みます。

 ところが、そういう指摘をする私自身が、なにかの「揚げ足を取っている」かのように見える、誤解を招いてしまったようです。実際には私自身が批評家ではなく、持ち分で責任を負う側にありますので、ここでは最後まで責任を取り切れる、きちんとした「まつりごとの言葉遣い」を正確に考える重要性を強調したかったのです。

 政治は言葉の世界です。言葉遣いひとつで仕事の成否が決まることも珍しくありません。常々痛感しています。

 政権の寿命すら左右しかねないところで、無用の誤解や揚げ足とりなども誘発しない、正確な政治の言葉遣いと実体とを考えるべきでしょう。

 そこでこの話題の後半の今回は、マスコミでもしきりと使われる「脱官僚政治」という言葉に焦点を当ててみたいと思います。

「選挙の言葉」は「統治の言葉」ではない

 改めて強調するまでもありませんが「脱官僚政治」という言葉はジャーナリスティックな表現で、あえて言うなら選挙の言葉。統治の言葉としては、厳密には全く意味をなさないスローガンです。

 もしこの言葉を「脱<官僚>政治」と読むなら、どうでしょうか?

 日本国憲法の定める我が国の現行体制化、行政は行政府の司るところであって、そこに奉職する公務員、とりわけ上級公務員を「官僚」と呼ぶわけですから、本当に「官僚」を抜いて政治をしようとすれば、脱法的な事態を免れません。だから、このスローガンは少なくとも「脱<官僚>政治」ではないはずです。

 ところが、現役高級官僚の中にも、覆面インタビューなどで「私たち抜きに永田町の先生たちだけで政治ができると思っているのか。見物(みもの)だと思っています」といった反応を示す人がいますし、そういう論調のマスコミの文章も目にします。こうした、用語の基本的な誤解を招くというだけの意味でも「脱官僚政治」という言葉は選挙用のキャッチフレーズではあっても、それに拠り立っていく厳密なものとは言えないでしょう。

 ここで問題にしなければならないのは、もう1つの修飾語の掛かり方「脱<官僚政治>」になるわけで、法案の審議前から政治家と官僚が内々に腹芸的なやり取りで大半を不透明に決定してしまう、行政の体質を「官僚政治」と呼んでいるものです。「脱官僚政治」というスローガンは、そうしたズブズブの体質から脱却しようと言っているわけですが、果たしてこうした現状の根はどこにあるのか。その源流を探訪するところから、新政権に、より明確化した形で事態の打開を期待したいと思うのです。

どうして「官僚政治」に?

 現状に問題がない、などとは、逆立ちしても言うことができません。問題は大ありです。しかし、問題だらけの体質であっても、現在の日本が「官僚政治」の体質となったことには理由や背景があるはずです。そこから考えないと、病は根治しません。

 そもそも、日本国憲法が成立する前後、現在に直結する日本の政治体制が整うに当たっては第2次世界大戦後、占領軍GHQ(連合国軍総司令部)による鳩山一郎・日本自由党総裁の公職追放が決定的な契機になったと思います。

コメント23件コメント/レビュー

どうにも参考にならないコメントが多いなと思いつつ。 首相に期待するのは現在では行き過ぎの官僚への分割統治を改めながら、戦前のような官僚の結託を防げる仕組みづくりです。 戦前政治の問題点は官僚(主に軍人)が徒党を組み結託する(=閥の成立)ことで政治の実権を政治家(民衆の代表)から取り上げてしまった事でしょう。実力を振り回す官僚に対して、政治家の力は結構脆い物だったのです。戦後政治は官僚を「分割して統治する(主に省別に)」システムを作り上げて官僚の力を削ぐ事でようやくシビリアンコントロールを実現したのだと思います。ただデメリットもあるわけで、制度疲労による縦割りの弊害なんぞはその代表例かと。政治家が世襲で無力化するのと、官僚の無力化が同時に起これば国が迷走するのは当然の結果でしょう。今の官僚に「政治家がなんぼのもの」的なコメントが見受けられるのは油断すれば戦前に戻ってしまう根がまだあるようで心配な所ですが。(2009/10/11)

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いただいたコメント

どうにも参考にならないコメントが多いなと思いつつ。 首相に期待するのは現在では行き過ぎの官僚への分割統治を改めながら、戦前のような官僚の結託を防げる仕組みづくりです。 戦前政治の問題点は官僚(主に軍人)が徒党を組み結託する(=閥の成立)ことで政治の実権を政治家(民衆の代表)から取り上げてしまった事でしょう。実力を振り回す官僚に対して、政治家の力は結構脆い物だったのです。戦後政治は官僚を「分割して統治する(主に省別に)」システムを作り上げて官僚の力を削ぐ事でようやくシビリアンコントロールを実現したのだと思います。ただデメリットもあるわけで、制度疲労による縦割りの弊害なんぞはその代表例かと。政治家が世襲で無力化するのと、官僚の無力化が同時に起これば国が迷走するのは当然の結果でしょう。今の官僚に「政治家がなんぼのもの」的なコメントが見受けられるのは油断すれば戦前に戻ってしまう根がまだあるようで心配な所ですが。(2009/10/11)

薀蓄はたいしたものかも知れませんが、前回からの拘りである理系、工学系の部分は本質的ではないように感じられてなりません。それはさておき、今回他の方から“大げさ、仰々しい”“拡散、逸脱して主旨が掴み難い”といったコメントがありましたが、同感です。冒頭で“正確な言葉遣い”の必要性を唱えていますが、“言葉遣い”に拘るあまり冗長な言い回しが多くなり、ややもすると“言葉遊び”とすら感じられる様を呈しているように思えます。さらに言うと、自身の“言葉”に酔った文章になってしまい、肝心の内容が伝わり難くなっているように感じられました。(2009/10/01)

いつも、楽しく拝見し、かつタメになることの多い伊東さんのコラム。ただ、今回はさすがに素人歴史家の自分の目からみても、事実誤認が多い気がしております。▼細かい部分ですが、今回のコラムの流れだと非常に重要なので。西園寺が亡くなったのは昭和15年です。大正末年ではありません。藩閥の天皇・山縣有朋であれば、大正11年に亡くなっております。▼維新の元勲が次々亡くなったことで、軍部に対する抑えが効かなくなったのは事実ですが、軍部が政治を壟断するよう大きな契機になった5・15事件や2・26事件まで捉えて、「元老という不透明な力の根源を失った軍部が示したアレルギー反応」という言葉に集約するのは、いささか乱暴ではないでしょうか?▼閥族という言葉の定義もあやふやです。たとえば、出身地や婚姻関係などがもとになった閥なのか、一定の組織益のために動くのが閥なのか。双方の意味に取れます。▼戦前の軍閥との対比でしたら、まさに今現在の官僚組織には軍部の変質と同じことが起きていると考えられます。本来であれば、国益に奉仕する集団であるにもかかわらず、戦前は軍部益のみ、戦後は省益のみを求める集団に変質しました。▼専制君主や国会の監視が働かない限り、長期間、国家の統治を任される官僚集団は歴史的に同じような変質をたどります。▼「脱・閥族依存体質」を使う場合、閥族の定義を明らかにしなければならず、官僚がなぜ閥族であるのかの説明をしなくてはいけません。であるならば、「脱・官僚(依存)政治」の方がはるかに本質をつき、分りやすい言葉でもあると考えます。500字のコメントでは意を尽くせませんが、エッセンスのみということで。(2009/09/30)

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