「伊東 乾の「常識の源流探訪」」

「ヴェニスの商人」の東アジア経済圏

――「岩礁都市」にはなぜ全欧州以上の財貨が集中したか?

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2009年10月6日(火)

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 「水の都ヴェニス」と言えば、町中に水路が引かれゴンドラが行き交う、のどかな風景をイメージされるかもしれません。あるいはルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「ヴェニスに死す」の美しい画面を思い出される方もあるでしょう。元のトーマス・マンの小説より映画が普及するのは、視聴覚メディアの強みでしょうか。日本との縁を考えるなら、西欧世界に初めて本格的にZIPANGを紹介した「東方見聞録」のマルコ・ポーロもヴェニスの人ですし、ウィリアム・シェイクスピアの「ヴェニスの商人」は日本でもあまりに有名です・・・。

 ・・・などと書く時、私たちはどれくらい、本当のヴェニスというものを知っているか、改めて考えてみたいと思うのです。

ゴンドラの浮かぶ「水の都」ヴェニス・・・?
実際には海上の「岩礁」を都市化したものにほかならない

 先ほど「水の都」で「町中に水路が引かれた」と書きましたが、実際のヴェネツィアは海に浮かぶ島、というより、ほとんど大きい岩礁程度の小島に過ぎず、水路は「引かれた」のではなく、海上に浮かぶ小島や干潟を整地した結果、運河が縦横に走るような現在の街が生まれたというのが実際のところと聞きました。観光地的なイメージは、本末が転倒しているような気がします。 

 直径数キロメートルの小島に過ぎないヴェネツィア。それが、中世後期からルネサンスにかけてのかなりの長い時期「そのほかの全西欧」を合わせたよりも多くの財貨が集中した<黄金の都>として栄えたのはどうしてなのか? 

海上の橋を渡って「島」に渡る。ヴェニスはアドリア海沿岸の「岩礁都市」

 ヴェニスの歴史を追う時、私はそこに21世紀「東アジア経済圏」全体を見るうえで、日本という「孤島」にとって、極めて示唆的な情報が詰まっているように思われてなりません。ヴェニスの過去に学ぶ日本と東アジアの現在と未来という枠組みで、これから暫く、断続的になるかとも思われますが、「ヴェニスの商人に学ぶ日本の可能性」を幾つかの方向から考えてみたいと思います。

「東アジア経済圏」を考える重要性

 本題に入る前に少しだけ脱線を。「東アジア経済圏」という言葉は、鳩山由紀夫政権となってにわかに現実味を帯びるようになりましたが、しばらく前まではEU(欧州連合)とユーロを例に挙げて「北東アジアでの通貨統合」などという話をすると、「そんなことができるわけがない」とアタマから反対されることが少なくありませんでした。コラムなどでは一方通行になってしまいますが、どこかにお話に伺って、質疑応答で聞かれる際には

 「逆にお伺いしたいんですが、今後20年30年のスパンで北朝鮮の通貨がどうなっていくか、お考えがありますか?」

 などと聞くと、質問された方のほうがびっくりした顔をされることが少なくありません。

 「例えば、朝鮮半島が南北統一した暁に、韓国ウォンが統一通貨になったとしたら、どうでしょう?」 

 「あるいは、もし北朝鮮が中国人民元の通貨圏になったとしたら、どうですか?」

 などと、畳み掛けるように伺うと、あまり芳しい反応がありません。アジアの通貨統合という言葉に対して、どうも「日本円がどこと共通通貨になるか」という観点でお話されるケースが少なくない気がするのです。そうするべきなのでしょうか?

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著者プロフィール

伊東 乾(いとう・けん)

伊東 乾

1965年生まれ。作曲家=指揮者。ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督。東京大学大学院物理学専攻修士課程、同総合文化研究科博士課程修了。松村禎三、レナード・バーンスタイン、ピエール・ブーレーズらに学ぶ。2000年より東京大学大学院情報学環助教授(作曲=指揮・情報詩学研究室)、2007年より同准教授。東京藝術大学、慶応義塾大学SFC研究所などでも後進の指導に当たる。基礎研究と演奏創作、教育を横断するプロジェクトを推進。『さよなら、サイレント・ネイビー』(集英社)で物理学科時代の同級生でありオウムのサリン散布実行犯となった豊田亨の入信や死刑求刑にいたる過程を克明に描き、第4回開高健ノンフィクション賞受賞。科学技術政策や教育、倫理の問題にも深い関心を寄せる。他の著書に『表象のディスクール』(東大出版会)『知識・構造化ミッション』(日経BP)『反骨のコツ』(朝日新聞出版)『日本にノーベル賞が来る理由』(朝日新聞出版)など。



このコラムについて

伊東 乾の「常識の源流探訪」

私たちが常識として受け入れていること。その常識はなぜ生まれたのか、生まれる必然があったのかを、ほとんどの人は考えたことがないに違いない。しかし、そのルーツには意外な真実が隠れていることが多い。著名な音楽家として、また東京大学の准教授として世界中に知己の多い伊東乾氏が、その人脈によって得られた価値ある情報を基に、常識の源流を解き明かす。

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