「水の都ヴェニス」と言えば、町中に水路が引かれゴンドラが行き交う、のどかな風景をイメージされるかもしれません。あるいはルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「ヴェニスに死す」の美しい画面を思い出される方もあるでしょう。元のトーマス・マンの小説より映画が普及するのは、視聴覚メディアの強みでしょうか。日本との縁を考えるなら、西欧世界に初めて本格的にZIPANGを紹介した「東方見聞録」のマルコ・ポーロもヴェニスの人ですし、ウィリアム・シェイクスピアの「ヴェニスの商人」は日本でもあまりに有名です・・・。
・・・などと書く時、私たちはどれくらい、本当のヴェニスというものを知っているか、改めて考えてみたいと思うのです。


先ほど「水の都」で「町中に水路が引かれた」と書きましたが、実際のヴェネツィアは海に浮かぶ島、というより、ほとんど大きい岩礁程度の小島に過ぎず、水路は「引かれた」のではなく、海上に浮かぶ小島や干潟を整地した結果、運河が縦横に走るような現在の街が生まれたというのが実際のところと聞きました。観光地的なイメージは、本末が転倒しているような気がします。
直径数キロメートルの小島に過ぎないヴェネツィア。それが、中世後期からルネサンスにかけてのかなりの長い時期「そのほかの全西欧」を合わせたよりも多くの財貨が集中した<黄金の都>として栄えたのはどうしてなのか?

ヴェニスの歴史を追う時、私はそこに21世紀「東アジア経済圏」全体を見るうえで、日本という「孤島」にとって、極めて示唆的な情報が詰まっているように思われてなりません。ヴェニスの過去に学ぶ日本と東アジアの現在と未来という枠組みで、これから暫く、断続的になるかとも思われますが、「ヴェニスの商人に学ぶ日本の可能性」を幾つかの方向から考えてみたいと思います。
「東アジア経済圏」を考える重要性
本題に入る前に少しだけ脱線を。「東アジア経済圏」という言葉は、鳩山由紀夫政権となってにわかに現実味を帯びるようになりましたが、しばらく前まではEU(欧州連合)とユーロを例に挙げて「北東アジアでの通貨統合」などという話をすると、「そんなことができるわけがない」とアタマから反対されることが少なくありませんでした。コラムなどでは一方通行になってしまいますが、どこかにお話に伺って、質疑応答で聞かれる際には
「逆にお伺いしたいんですが、今後20年30年のスパンで北朝鮮の通貨がどうなっていくか、お考えがありますか?」
などと聞くと、質問された方のほうがびっくりした顔をされることが少なくありません。
「例えば、朝鮮半島が南北統一した暁に、韓国ウォンが統一通貨になったとしたら、どうでしょう?」
「あるいは、もし北朝鮮が中国人民元の通貨圏になったとしたら、どうですか?」
などと、畳み掛けるように伺うと、あまり芳しい反応がありません。アジアの通貨統合という言葉に対して、どうも「日本円がどこと共通通貨になるか」という観点でお話されるケースが少なくない気がするのです。そうするべきなのでしょうか?
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