1980年代の終わりから90年代の初めにかけて、バブルがはじけ、米国企業の圧倒的な競争力を見せつけられ、日本的経営の短所だけが語られるようになり、多くの企業が生き残りをかけて米国式グローバル経営法をこぞって導入した。
その波の一部が、競争概念の企業内への導入という事であった。競争の導入と言っても日本の企業経営における競争概念は非常に限定的である。
日本の伝統的な協調を中心とした年功序列制や終身雇用制の全面的な否定ではなく、給与体系のごく一部に業績評価を入れ、給与格差をつけたり、ボーナスの額の多寡を決めたりという程度が大方をしめているようであり、米国のかなり多くの企業で行われているような、年次評価によって年収が何倍から何十倍も異なるような状況を示している訳ではない。従業員が年次評価を盾に給料の交渉をするわけでもない。大まかに言って日本の給与体系は従来の協調を基本とした給与体系であると見なせる。
既に出ていた個人の業績は測れないという結論
しかしながら、この問題は日本で非常に多くの議論を醸し出し、特に従業員側からは不満が続出したようである。日本でいち早く業績評価に基づいた給与体系を導入した富士通、三井物産、資生堂、キリンビール、小林製薬などにおいては、すでに根本的な見直しが行われ、むしろ伝統的な日本の給与体系に戻ったようである。
個人の成績に基づいて給料を決めるという事は、従業員を競争させたら、皆一生懸命働き、組織としての生産性は向上するはずであるという前提に基づいている。
しかしながら、80年代に国家的破綻に直面していた米国を再生させ、国際競争力を世界一に押し上げたデミンググループは、80年代の終わりに既に個人の業績は測れないという結論を出した。
デミング博士はじめ、デミンググループの指導者の多くは統計学者である。つまり、測るという事を専門とした世界最高峰の人たちである。その人達が、成果の80%は皆がかかわり合った結果であって、環境から独立した個々の人間の成果として判別できるのはごく一部であるという結論に達したのである。
人間を評価するという事は、非常に多くの場合において相対評価の形をとらざるを得ない。なぜなら、ほとんどすべての人はお互いに異なる仕事をしていて、同じ状況下で全く同じ仕事をするという事は極めて少ないので、何か絶対的尺度があって業績を図るという事がほとんどの場合において不可能に近いからだ。
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