新たな政権を迎え、気分も新たに成長を進めようとしているニッポン。しかし、一方で停滞する国内市場のもと喘いでいる企業も多く景気の先行きが不安視されている。つまり、「クール=カッコいい」ジャパンと呼んでいるわりには内情は冷え切っており、なにか新しい世界との関係や突出したビジネスを誰もが渇望してやまない状況となっているようだ。
本連載では、最新の事例やケース=症例を豊富に取り上げながら、「巣ごもり」「ガラパゴス」等と揶揄される「コールド」なニッポンの現状を理論的な切り口で分析、《コールド・ジャパン》脱却と新たな成長のための考え方を提言していく。本連載が、国内市場の凋落を前に気分新たにこれからの成長を模索している企業の経営幹部やキーパーソンの方々のヒントになれば望外の喜びである。
日本の浮世絵が、モネ、マネ、ロートレック、ゴッホなどに大きな影響を与えたことは世界的によく知られた事実です。浮世絵独特の構図や色彩などが、従来の西欧絵画の枠を超えた表現を模索していた後期印象派の画家たちに対して、大きな衝撃だったのは容易に想像がつきます。
後期印象派の画家たちにとって、浮世絵はまさに「クール」だったに違いありません。我々が、幾分かの誇りをもって「マンガ・アニメ」などのことを「クール・ジャパン」と呼ぶときの原点は、うんと遡ればこのあたりにあるのだと思います。
先週議論させて頂いた、「マンガ・アニメ」といったコンテンツも、浮世絵ほどかどうかは分かりませんが、欧米の文化に影響を与えたかもしれませんね。「浮世絵」「マンガ・アニメ」の文化的な価値はさておき、その経済的な価値を考えてみることが、我々の議論においてはずっと重要です。
「浮世絵」については、言うまでもなく、文化的に重要な影響を与えたものの、当時の日本にとっての経済的なメリットは多分ほぼゼロです。「マンガ・アニメ」についても、先週ご呈示させて頂いたように、他の産業に比べて桁違いに小さい市場です。今のところ、こちらも残念ながら「日本に与える経済的なメリットは少ない」と言わなければなりません。
幸運な出会いは偶然? それとも戦略?
ヨーロッパに浮世絵が伝わったのは、陶磁器の包装紙として使われたものだと言われています。19世紀のヨーロッパ人たちは、自分たちにない空間の把握方法や表現方法に度肝を抜かれたに違いありません。
そういった経緯からも明らかなように、浮世絵は戦略的に輸出されたものではなく、ある意味偶然に輸出されたものだといえます。輸出どころか、貴重な陶磁器を衝撃や汚れから守るための包装紙ですから、使い終わればゴミです。クールも何もありませんし、当の日本側では、金銭的な価値なんて1円たりとも認めていませんでした。
自国の文明にはない、斬新な表現や思想を外国に求めるということはよくある話です。19世紀のヨーロッパが日本文化を発見したように、ヨーロッパは中国文化やイスラム文化などを貪欲に摂取し、吸収してきました。
ここで重要なのは、こういった文化的な出会いとでも言うべきものは、単なる偶然の産物でしかないということ、および受け手側が積極的にそれを取り入れたということ、この2点です。それは誰かの手によって戦略的にもたらされたものではなく、異文化を求める人々がいて、そのニーズにフィットしたものが何らかの要因でたまたまもたらされ、そして草原に火がつくようにわあっと広まった。
戦略的に輸出された「漫画映画」
浮世絵とは異なって、どうやら「漫画映画」は1950年代の戦略的な輸出品だったようです。ちょっと意外な感じがしますね。
東映アニメーションの第1回劇場用作品である「白蛇伝」は、その記念すべき代表作と言えるようです。
この「白蛇伝」は、明らかに輸出を意識して制作されました。その後、劇場用の漫画映画の輸出は制作費の問題から下火となり、テレビアニメの輸出に主力が移っていきます(この経緯についての詳細はこちらをごらん下さい)。
そういった歴史的な経緯の中で、徐々にではありますが、日本の「マンガ・アニメ」というものは欧米に広がっていったと推察されます。
この「白蛇伝」の頃、日本の映画市場を席巻していた洋画に対抗する意味で、政策当局が「漫画映画」の輸出を奨励していたわけです。当時の日本は今よりも貧乏な国でしたから、貿易収支のバランスについて政策当局は今よりもずっと敏感だったのでしょう。洋画輸入の増大に対して、邦画を輸出する。そういう意味では、輸出しなければ収支が悪化するという意識が、現在の方が薄くなっているような気がします。
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