昨年にも増して、リストラが進行している。リストラの対象は、派遣社員から正社員へ、50代から40代、30代へ。つまり年齢がいくつであれ、明日は我が身と言っても過言ではない。にもかかわらず、1年前と比べて“リストラ報道”に熱がない。報道する側が慣れたのか。あるいは「こんな不況だから仕方がない」とあきらめたのか。
「僕、リストラされた時はすごいストレスを抱えました。これからどうしようと不安ばかり募りました。でも今は、仕事がないことが、ストレスじゃなくなりました。慣れちゃったんでしょうか。それとも本当はストレスを感じているのに慢性化してしまい、感じなくなっているのでしょうか。僕、どこかおかしいでしょうか?」
これは昨年、私の講義を聴講していた34歳の男性が言ってきたことである。彼は大手企業のSEだった。そこでリストラにあい、「ストレスで成長しよう!」という私の講義のタイトルに魅せられて受講したそうだ。
そんな彼が、「リストラされて仕事がなくなってしまったことが、ストレスでなくなった」と言う。
リストラされた時は屈辱感でいっぱいで、ご飯も食べられないほどショックだった。「なにくそ」とばかりに、次の就職先を探すがなかなか決まらない。そんなこんなで時間が経つと、“働かなきゃ”という労働意欲が萎えてきた。貧乏だろうとなんだろうと、ギリギリで生活さえできればいい。そんな気持ちになったのだという。
年末年始に政府が設置した年越し派遣村で、お金を配った途端にいなくなった人が多数いたことや、お金をもらった途端、酒を買い飲んでいる人がいたという報道を聞くと、「いったいどれほどの人が、本気で仕事を探しているのか?」と内心思った人も多かったに違いない。また、これだけ「失業率が高い。仕事がなくて困っている人がいる」と報道されているにもかかわらず、求人募集に人が集まらない現実があることを知ると、「本気で働く気があるのだろうか?」と疑問を抱きたくもなる。
その一方で、派遣村に来て臨時宿泊施設で亡くなった人がいたことで、「なぜ、もっと早く手をさしのべてあげなかったのか」と指摘する声もある。
「生活保護だ、セーフティーネットだとかいうけど、本当に保護しなくてはいけない人がどれだけいるのか? 税金で保護するってことは、働きもしないでダラダラしている人のために、俺たちが汗流して代わりに働くってことなのか?」と不満をもらしていた知人もいた。
以前、「何のために働くのか?」というコラムを書いたが、仕事とはいったい誰のためのものだろうか? 一連の世の中の動きを見聞きしながら、ふと考えてしまった。
リストラを健康社会学視点から考えると・・・
そもそも失業すると人はどうなるのか?
リストラにあうと、健康状態や精神健康が脅かされるから、セーフティーネットが必要なのか。それとも生活の基盤がなくなって死んでしまったら大変だから、生活保護が受けられるような仕組みさえつくればそれでいいのか。
やれセーフティーネットだ、やれ雇用を増やせだ、と言うけれど、リストラのいちばんの問題点っていったい何なのだろう。
というわけで今回は、仕事、あるいはリストラについて、健康社会学的視点から考えてみようと思う。
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博士(Ph.D.、保健学)・東京大学非常勤講師・気象予報士。千葉県生まれ。1988年、千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。2004年、東京大学大学院医学系研究科修士課程修了、2007年博士課程修了。長岡技術科学大学非常勤講師、東京大学非常勤講師、早稲田大学エクステンションセンター講師などを務める。医療・健康に関する様々な学会に所属。主な著書に『「なりたい自分」に変わる9:1の法則』(東洋経済新報社)、『上司の前で泣く女』『私が絶望しない理由』(ともにプレジデント社)、『







