• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

第1回 「佐藤可士和」は偶然ではない

2010年1月26日(火)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 自分の仕事の枠や殻を越える、破るのは、だれにとっても難しい。今までの働き方じゃダメなことは分かっても、新しい方法を試すには勇気以上の何かが必要だ。それにはまず、今までの自分を外から眺めて、考えること、ではないだろうか。でもこれだって相当難しい。毎日鏡をのぞき込んでもオトコたちは「ヒゲばかり見て、顔のシワを見ない」のだ。

 この連載では、従来の「まっとうな、普通な、誰もが認めやすい」、いわば「オトコらしい」働き方をあえて外から見直して、殻を破った、破らせた人々のお話を、時には母、時には妹、そして時にはアニキの凄腕インタビュアー、清野由美さんにざっくばらんに紹介していただく。

 まず登場するのは、ユニクロを手がけたことで知られるアートディレクター、佐藤可士和氏…ではなくて、彼のマネージメントを担当する、佐藤悦子さん。え、なぜご本人ではないのかって? やっぱりオトコって、可士和さんといえども、なかなかすぐには鏡が見られないのですよ…(編集Y)

清野 2010年も、不況感、閉塞感を引きずる年明けでしたが、その中でひとり勝ちを続けているのがユニクロ。2009年9月~11月期の営業利益が610億円で、前年比1・5倍増というニュースが突出していました。

今や国民衣料と化したユニクロの服ですが、たとえばコートの裏についているタグは佐藤可士和さんのデザイン。もちろん、日本中に浸透した、あの「ユニクロ」のマークもそうですし、ニューヨークやパリ、銀座を初めとするグローバル旗艦店のアートディレクションも、すべて佐藤可士和さんが手がけています。

画像のクリックで拡大表示

 そのようなご活躍を拝見すると、可士和さんというのは、もう最初からメジャーだった、みたいに思うわけですが。

佐藤 そんなこと、ないですよね(笑)。

「佐藤可士和」をプロデュース

清野 ですよね。なので、そのメジャーになるまでの道のりを、悦子さんがどのようにプロデュースしたか、というのが、今回のインタビューの大きな柱になるのですが、その前に、佐藤悦子さんという存在自体が、私から見ると、あまりにまばゆくて、遠い感じがしまして。

佐藤 え? 何がですか。

清野 女性誌のグラビアに登場している悦子さんのお姿とか、ブログとかを拝見すると、ザ・セレブ、みたいな感じで。

佐藤 そうですか。全然、普通に仕事をしていますが。

清野 イメージがあまりにもすごすぎて、引いちゃって。

佐藤 ええ~。私ごときで恐縮です、という感じですが。

清野 今日のお召し物がまた、まばゆくて。まるでスタンダールみたいな。

佐藤 「赤と黒」、ですか(笑)。清野さんこそ・・・。

清野 これ、お気に入りなんです。でも、ロイヤルコペンハーゲンティーラウンジか、と突っ込まれるんです・・・。

佐藤 (「自分で言ってる(笑)」と、思いながら)いえ、すてきです。

清野 というような祝詞を交換していると、いつまでたっても始まらないので始めますが、そもそも佐藤可士和さんのマネジャーになったのは、どういうきっかけだったのでしょうか。

佐藤 私は1992年に新卒で博報堂に入社して、最初に営業局に配属になったのですが、その時、佐藤は制作局にいて、3年先輩でした。

清野 その辺はご著書「SAMURAI 佐藤可士和のつくり方」(リンク)に詳しいので、簡単にまとめると、以下になりますね。

1989年 佐藤可士和、博報堂に入社。
92年 悦子、博報堂に入社。
98年 2人、結婚。悦子、博報堂を辞める。
2000年 可士和、博報堂を辞めて、クリエイティブスタジオ「SAMURAI」を設立。
2001年 悦子、SAMURAIにマネジャーとして参加。

 悦子さんは98年から01年まで、外資系化粧品会社の「クラランス」と「ゲラン」でそれぞれ1年半、プレス、つまりPR担当を務められました。

佐藤 はい、そうです。

「時代のアイコン」に? だったらこれじゃ全然ダメじゃないの…

清野 外資系化粧品のプレスといえば、女性にとって、ひとつのステータスですが、そこから夫のマネージメントという転換は、すんなりいったのですか。

佐藤 化粧品会社のプレスはすごく面白くて、やりがいのある仕事だったのですが、それらは最終的には自分の会社やブランドというわけではありません。でも、SAMURAIは佐藤がゼロからスタートさせたものであり、彼と私のプロジェクトですから、何と言ってもそこがチャレンジングで面白いと思いました。同時に、ブランドとしての知名度を広めていく対象としては、私にとってはクラランスやゲランといった化粧品と同じだったとも言えます。

清野 決め手になった言葉はありますか。

佐藤 博報堂を辞めて独立するころに、「アートディレクターとして『時代のアイコン』になりたい」と佐藤が言ったことですね。当時は「時代のアイコン」どころか、それ以前に「アートディレクター」という肩書き自体が世の中に全然知られてないころで、私も最初は真意がよく分からなかったです。で、「それって、どーゆーことなんですか?」と聞いてみたら、「ピカソやミケランジェロやウォーホルみたいなことをやりたい」という返事で、へえー、そういうことを目指しているんだ、と。やる気になったのはそこからですね。

清野 つまり、時代の価値を変えていくような存在を目指す、ということですか。

佐藤 そうです。ということは、「だったら、業界内にいるだけじゃ、全然ダメじゃない?」と思いまして。

コメント0

「「オトコらしくない」から、うまくいく」のバックナンバー

一覧

「第1回 「佐藤可士和」は偶然ではない」の著者

清野 由美

清野 由美(きよの・ゆみ)

ジャーナリスト

1960年生まれ。82年東京女子大学卒業後、草思社編集部勤務、英国留学を経て、トレンド情報誌創刊に参加。「世界を股にかけた地を這う取材」の経験を積み、91年にフリーランスに転じる。2017年、慶應義塾大学SDM研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

コメント入力

コメント(0件)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

もっと事業を効率化して、料金を下げて、消費者に貢献しないと業界はだめになってしまう。

和田 眞治 日本瓦斯(ニチガス)社長