• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

第3回 仕事の「やりがい」と「生きがい」は別?

日本で一番大切にしたい会社に見る“働く”の原点

  • 武田 斉紀

バックナンバー

2010年2月1日(月)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

「大人はなぜ働くの?」の答えは人それぞれ

 前回コラムにもたくさんのご意見をちょうだいした。本気、本音で書かれたご意見ばかりで、ありがたく一つひとつ読ませていただいた。

 今回は、中でも2つのことに触れたいと思う。1つは第1回のテーマ「子どもに『大人はなぜ働くの?』と聞かれたら」の答えだ。

 いただいたコメントは大きく2つに分かれていた。働くのは「生活のため、生きるためだよ」、それ以外にないというものと、「生活のため生きるためだけれど、働くことで人はやりがいや生きがいだって感じられるんだよ」というものだ。

 この2つ以外の答えだってあるだろう。そもそも、私が学生向けのテキストで書いた「大人は社会人として働く義務がある」も忘れてはいけない。伝え忘れると「あんたには関係ないだろ」と、働けるのに働かない若者が増えていく。

 「生活のため、生きるためだよ」、それ以外にないと信じる人からの代表的なコメントを紹介する。

「私の親の世代の人たちは全く仕事のやりがいについて語ることはありませんでした。かといって仕事が嫌いだったわけではありません。彼らは一様に「やるべきことをやる」と言っていました。私も40歳代になり、ようやくこの心境を理解することが出来ました」

 「やるべきこと」には、先程の「社会人として働く義務」という意味合いも込められているだろう。しかし生活のため、生きるためが一定以上満たされた時にはどうするのだろうか。(1)もっと収入を上げて豊かな生活を求め続ける (2)それ以上働くことは止めて、趣味やレジャーを楽しむ、という選択肢が浮かんだ。

 筆者は(2)の生活にも憧れるが、実際やってみると数カ月もすれば飽きてしまうのではないかと心配もする。杞憂だろうか。

 TVゲーム三昧の毎日も、やがてはそれだけでは飽きてしまい、他のユーザーに向けて攻略本を書きたくなったり、新たなゲームのアイデアをメーカーに提案したくならないだろうか。世界中を旅行したら、その感動を書いたり、写真にして出版したくならないだろうか。それらはすでに仕事になっている。

単純作業を楽しむことも、明日につながる

 いただいたコメントの中には、「生活のため、生きるためだよ」と答えながらも、本当はやりがいを感じたいが現状が許さないのだという叫びもあった。

「金銭的なことで窮しているとき、やりがいについて語るのは無理です。長らく派遣をしており、その月のやりくりが大変で、不安で、仕事は、流れてくる商品に値札を貼るだけ…というキカイみたいな内容でした。半日立ちっぱなしに耐えられることだけ考えていました」

 想像しただけで辛い。毎日だと暗澹(あんたん)たる思いになるだろう。生活のため、生きるために過ごす毎日。この方の希望は何だろうか。でもだからこそ、どこかに喜びの工夫を見つけることから始めてほしい。隣の人と協力する、あるいは競い合う、工夫を共有する。隣がいなければ自分で目標を作ってみる。何でもいいと思う。

 不謹慎かもしれないが、芸人が何でも一番を競い合うフジテレビの深夜番組『オレワン』を思い出した。芸人が身体を張って、笑ってしまうような記録にチャレンジする。負けた時の悔しそうな姿、そして本気でリベンジに燃えている人もいる。ささいなことでも気持ち次第で面白くなることに気づかされる。

 「シールをきれいに貼るスピードなら任せて」、それがすぐに何かに生かせるとは言わないが、“正確さ”と“スピード”はどの仕事にも求められる要素だ。作業を楽しめれば少しは気持ちも楽になるし、工夫した努力は決して無駄にはならない。単純な毎日に小さなやりがいが生まれる。

「どんな仕事にもやりがいはあると私も思います。ティッシュ配りでもお弁当のおかずを詰める作業でも、楽しく仕事をする方法はある」

「労働の種類に限らず、額に汗する、考え抜きながら仕事をすることは、なかなか楽しいものです。人生は一度きり、仕事も趣味でも、何でも楽しむことで有意義な人生を送れると信じています」

コメント26件コメント/レビュー

「やりがい」と「生きがい」「やりがい」と言うのはアウトプットに対して使われる。仕事に「やりがい」があるのは好ましいと思う。しかし「生きがい」はアウトプットである必要はない。たとえば音楽演奏家には演奏が「やりがい」かつ「生きがい」かもしれないが、趣味の鑑賞者には音楽鑑賞は「生きがい」になっても「やりがい」ではない。つまり両立するのはアウトプットが「生きがい」である人に限られる。昔、評論家になれば仕事になるといわれたが、評論すると言うのは立派なアウトプットだから。鑑賞者と言うのはインプットだけでも成り立つのです。「幸福とは、(1)人に愛されること、(2)人にほめられること、(3)人の役に立つこと、(4)人から必要とされることです」私には幸福の定義が間違っています。「幸福とは、生きている間に好みの音楽をできるだけたくさん聞くことです。」私が幸福になるのに、(2)から(4)の人は必要ありません。(2010/02/12)

「武田斉紀の「よく生きるために働く」」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

「やりがい」と「生きがい」「やりがい」と言うのはアウトプットに対して使われる。仕事に「やりがい」があるのは好ましいと思う。しかし「生きがい」はアウトプットである必要はない。たとえば音楽演奏家には演奏が「やりがい」かつ「生きがい」かもしれないが、趣味の鑑賞者には音楽鑑賞は「生きがい」になっても「やりがい」ではない。つまり両立するのはアウトプットが「生きがい」である人に限られる。昔、評論家になれば仕事になるといわれたが、評論すると言うのは立派なアウトプットだから。鑑賞者と言うのはインプットだけでも成り立つのです。「幸福とは、(1)人に愛されること、(2)人にほめられること、(3)人の役に立つこと、(4)人から必要とされることです」私には幸福の定義が間違っています。「幸福とは、生きている間に好みの音楽をできるだけたくさん聞くことです。」私が幸福になるのに、(2)から(4)の人は必要ありません。(2010/02/12)

美しい、良い記事ですが、ロスジェネ世代の自分達にとっては、こちらの連載(http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20091124/210453/)の方が現実です。(比べるのはよくないとは思いますが)あちらの連載を読んでから、改めてこちらの記事を読みますと、ただむなしいです。美しく輝くハリボテの城のようです。なんといいますか、大変正論なのですが、正論だからこそいいようのない悲しさというか憤りに襲われます。逆境でこそ美しい理想は必要ですが、いまいち説得力を感じませんでした。(2010/02/04)

(1)人に愛されること、(2)人にほめられること、(3)人の役に立つこと、(4)人から必要とされること;いずれも、地域コミュニティや宗教コミュニティなどで得ることができる人にとって、賃仕事は金を稼ぐに過ぎません。一方で、会社で人=上司の場合には、日付を付け替え、戻ってきた商品を材料とし、水銀を垂れ流す動機になります。もう一点。絵描き、作曲家、陶芸家など芸術家(もどきも含め)、家具や漆器、飾り物、日用品などの作家(の一部)は、制作意欲、自分の芸術、技術を究めることに、学者などは真理の追究に、仕事をしている動機があって、金(はあっても困らないけど)や1~4は、あまり意に介していないと思う。(2010/02/03)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

リクルートは企業文化そのものが競争力です。企業文化はシステムではないため、模倣困難性も著しく高い。

峰岸 真澄 リクルートホールディングス社長