サッカーワールドカップで日本が優勝したら
「サッカーのワールドカップで、わが国日本が優勝したんだよ!」「そいつはすごいや! おめでとう!」。パブにいたみんなが両手を広げて祝福してくれた(実際は私の場合、たぶん英語)。
そんな体験を早くしてみたいものだ(東アジア選手権ではいまだ得点できず苦戦していますが、不可能だなんて言わずに、長い目で選手たちを信じましょう)。実際奇跡が起これば、世界のパブに入った途端にこうなるだろう。「あなたは日本人か?」「そうだよ」「おめでとう! すごいや!」
私たちは日本代表選手でもないのに(サッカーボールに触ったことさえなくても)、自分が成し遂げた仕事のように言い知れぬ「誇り」を感じるだろう。「誇り」とは不思議なものだ。
野球の世界大会WBCで日本は2度も優勝した。私は野球も好きで、テレビで興奮しながら応援していた。優勝の瞬間、先ほど(想像)と同じように日本人として、自分が成し遂げた仕事のように「誇り」を感じて震えた。米国に旅行していたら、「あなたは日本人か? おめでとう!」と言われたことだろう。
日本ではプロの年俸水準で、サッカーは野球にはかなわない。プロ野球選手はそのことに誇りを持っているし、野球の盛んないくつかの国では「私は日本のプロベースボール選手です」と言えば、「そいつはすごい!」とすぐにサインを求められるだろう。
だが世界には野球を知らない国の方が多い。「ベースボールって何?」と聞かれた瞬間、彼の「誇り」は少なからず傷つくに違いない。彼自身の野球という仕事に対する「誇り」自体は揺るぎなかったとしても。
仕事の「誇り」は、他人に認められてこそ満たされる
サッカーと野球の話から、仕事の「誇り」にはいくつかの特徴があることがわかる。
その1.「誇り」を「持つ」「満たされる」のは本人で、「持つ」かどうかは本人の気持ち次第だが、「満たされる」かどうかは他人によるところが大きい。
「『誇り』」を『持つ』『満たされる』のは本人」であることは、説明するまでもない。次に「『誇り』を最初から『持つ』かどうか」も本人の気持ち次第。向いている仕事に就けた人は最初から「誇り」を「持つ」ことができるだろう。
最初からそうした幸運に巡り合えなかった人のために、今回のコラムの後半で「誇り」の見つけ方についてご紹介したい。
最後の「『満たされる』かどうかは他人によるところが大きい」は、先ほどのサッカー選手と野球選手の違いでわかっていただけただろうか。自分の仕事に確固たる「誇り」を持っていても、「誇り」が「満たされる」かどうかは、他人の反応や言葉によるところが大きい。時には傷ついたりもする。
先日テレビでアイスホッケーのプロチーム、日光アイスバックスの選手の日常が紹介されていた。日本で唯一のプロチームなのだそうだ。サッカー解説者でもあるセルジオ越後さんが2006年からシニアディレクターに就いている。
彼らの年俸は平均的なサラリーマンよりも低いくらいだった。奥さんと赤ちゃんのいる選手が登場していたが、生活のやりくりは大変だろう。だが選手たちは、プロのアイスホッケー選手という仕事に強い「誇り」を持っていた。
選手たちはいろいろな場面で「誇り」を「満たされて」いく。地元の人たちが「がんばって!」と街で声をかけてくれた時。会場にたくさんのサポーターを見つけた時。オリジナルグッズを買って喜んでいる子どもたちを見た時。これらがもしなかったとしたら、彼らの「誇り」は「満たされた」だろうか。
地元の声援を受けて戦ったが、試合には負けてしまった。 “相手”に負けたことで彼らの「誇り」は傷ついただろう。勝っていたら、ファンの期待に答えたことで、もっと「誇り」が「満たされて」いたはずだ。
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1986年東京大学卒、同年リクルート入社。人事部を経てHR事業部へ。大手から中小まであらゆる規模、あらゆる業種の企業を対象に、採用・組織作りやブランド構築を支援する。全社表彰、MVPほか各賞を受賞。その後マーケティングの新規事業立ち上げに参画、軌道に乗せて2002年に退職。期間限定でベンチャーの立ち上げに参画した後、2003年9月に企業理念の共有浸透を専門とするコンサルティング会社、ブライトサイド コーポレーション(正式名称ブライトサイド株式会社)を設立、現在に至る。







