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“つぶやく”だけで漱石も一葉も読めなくていいの?

デジタル化できない本物の教養を身に付けよう

2010年2月19日(金)

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 筆者はその昔、書店の現場で10年ほど働いていました。そのとき店頭で――もう20年ほど前になりますが――大学生であろう女性から、こんな問い合わせを受けたことがあります。

 「樋口一葉の『たけくらべ』の翻訳ってないですか」

 「え、樋口一葉は古文じゃなくて、普通の日本語だったよな」と内心思いつつ出版の有無を確認して、
 「申し訳ありません、原文のものしか出ていないようです」
 と答えると、その女性は残念そうに帰っていきました――。

 今から思い返せば筆者は、時代の重要な転換点を、このときに見逃していたのかもしれません。つまり、この頃から日本人は「古文や漢文が読めない」から「古文調や漢文調がきつい文章も読めない」に移行しつつあったということです。

漢文どころか近代文学も読めなくなるのでは…

 実際、最近『論語』や『論語と算盤』の勉強会の講師をいくつか務めましたが、その一つに参加する、欧米の大学院を卒業後、国際的に活躍するビジネスマンからこう言われたことがあります。

 「渋沢栄一の『論語と算盤』は素晴らしい本だと思うんだけど、漢文調の文章が読みにくくて、実は意味がよくわからないところがあるんですよ」

 さらに、昨年(2009年)には、福沢諭吉の『学問のすゝめ』の現代語訳がベストセラーになったのも記憶に新しいところです。ちなみに、この流れが今後も続くと考えるなら、おそらく近々、明治モノの現代語訳が大きな潮流となり、夏目漱石の翻訳すら出版されるようになる――誰が訳すのかが大きな問題になると思いますが――というのが筆者の個人的な予想でもあります。

 閑話休題、最新鋭のIT機器を使いこなし、英語で最先端のビジネスをこなせても、日本近代の文章が読めない人びとが大勢を占めつつある一方で、筆者のように漢文は読めても、IT機器も外国語もさっぱりというタイプがいる――。現代における「教養」とは、人文系に限って言っても二極化しているといえるのかもしれません。

 そして、とても興味深いことに、今まさに翻訳の手が伸びつつある明治時代においても、現代と同じような問題が降りかかっていました。小説『坂の上の雲』の題名に象徴的なように、明治時代は「坂の上をひたすら目指した立場」、現代は「坂の頂に立って、頭を悩ます立場」とその内実は若干異なりますが、いずれも厳しいグローバル化の波に直面していることでは同じなのです。

 当時、文豪の夏目漱石は、こんな指摘をしています。

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