2月7日にフロリダ州マイアミのサン・ライフ・スタジアムで開催された第44回スーパーボウル。アメリカンフットボール界で事実上の「世界一チーム」を決める戦いは、下馬評を覆して、NFC代表のニューオリンズ・セインツが、AFC代表の強豪インディアナポリス・コルツを31-17で下しました。セインツは球団創設43年目にして初めてスーパーボウルに出場し、その勢いで栄冠を勝ち取りました。
大会新記録のパス成功率をマークしてスーパーボウルMVPに輝いたQB(クォーターバック)のドリュー・ブリーズ選手は、快進撃を支えた立役者です。優勝を祝福する紙吹雪の中、奥さんと1歳になった長男の3人で優勝トロフィーを抱きしめる姿に、多くのアメリカ国民は涙しました。特に、ホームタウンのニューオリンズ市民には、夢のような光景だったでしょう。
なぜなら、ブリーズ選手は「見捨てられた男」として、「見捨てられた街」のニューオリンズに流れ着き、やっとチャンスをつかんだ苦労人だったからです。悲劇が街を襲った5年前、誰がこの日の光景を想像できたでしょうか。
荒廃した街の選手が、エリート軍団を破る
2005年8月に米東南部を襲った観測史上最大級のハリケーン「カトリーナ」は、1800名以上の犠牲者を出す未曾有の大災害をもたらしました。多くの住民がリビングルームで溺死した衝撃的な映像ばかりでなく、支援物資の不足などによる高齢者の衰弱死など、悲惨な二次災害も次々と報じられました。さらには略奪や強盗、銃撃戦などが巻き起こり、近代都市が一瞬にして無法地帯と化したわけです。
あれから4年半――。
ニューオリンズには、当時の被害の爪痕が残っています。決壊した堤防は応急措置が施されたまま放置され、廃墟となった家並みが、まるで時が止まったかのように残っています。
「見捨てられた街(Forgotten Town)」
いつしかニューオリンズはそう呼ばれるようになりました。ブリーズ選手がそこにやってきたのは、ちょうどカトリーナの翌年のことでした。
実は、ブリーズ選手はアメフトのエリートではありません。QBとしては身長が低かったことから、地元テキサス州のフットボール名門大学からは声がかからず、故郷から900マイル(約1350km)も離れたインディアナ州の大学に進学することになりました。大学時代に数々の記録を打ち立てたにも関わらず、身長の問題や肩が強くなかったことから、2001年のドラフト会議でサンディエゴ・チャージャーズに指名されたものの、前評判よりも評価が低い第2巡指名でした。
そのチャージャーズでは、エースQBとしては思うような戦績が残せず、2004年に現スターターのフィリップ・リバーズ選手が入団したのを境に、お払い箱になります。しかも、シーズンの終盤に肩を負傷するという不運に見舞われてしまいました。
結局フリーエージェントになったブリーズ選手は、チャージャーズを離れざるを得なくなります。ところが、肩の負傷もあって、どのチームからも声が掛かりません。そして、最後にブリーズ選手に救いの手を差しのべたのが、直前にチーム監督となったショーン・ペイトン氏でした。
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