これまでのあらすじ
日野原工業の社長になった団達也と、取締役経理部長になった細谷真理は、会社のことを徹底的に勉強した。
真理はその過程で、日野原工業が堅実な会社だったことを知り、意外な思いを抱いた。創業者である日野原五郎が、当時の経理部長の間宮清二と共謀して架空取引などによって粉飾を繰り返し、利益を水増ししていたことを知っていたからだ。
日野原五郎の息子の太郎は、「これほど管理会計を使いこなしている会社はない」と真理に語った。
一方、達也は会社の経営に欠かせない人材であるエンジニアの金子順平を取り戻すために、上海にいるUEPC社のリンダに電話を掛けた。リンダは交換条件を付けた上で、達也に力を貸すことに同意した。
日野原工業経理部
この会社は予算管理を完璧にこなしてきた。そのことだけで、真理は日野原工業に対する見方が大きく変わった。真理はわくわくしながら太郎に質問した。
「ほかにどのような管理会計の仕組みが動いているんですか」
すると太郎は意外なことを口にした。
「それだけですよ」
「それだけ…。損益予算だけでも、売上予算も、材料の購入予算だってありますよね。それに、製品も標準原価以内で作らなくてはなりません。ほかに、ミニプロフィットセンターとか、アメーバ会計とか入れていないんですか?」

太郎はきょとんとした表情で答えた。
「それって何でしょうか。私は技術屋ですから経理のことは分かりません。父も同じだと思います。経理部長だった間宮もいわゆる金庫番で、難しい会計理論は知らなかったと思います。会計士の今川先生の言う通りにしてきただけです」
「今川先生ですか…」
「入るを図って出ずるを制する、です」
これは中国の古典「礼記」に書かれた言葉で、どれだけ収入があるかを慎重に見積もり、支出をその範囲内に収めるようにしなさい、という意味だ。「入る」を売上予算、「出ずる」を費用予算に置き換えれば分かりやすい。