今回は、現代の組織では評価されることが難しい、続ける力と繰り返す力、について考えてみようと思う。
先日、大手電気機器メーカーのA氏から1通のメールが届いた。
「皆さん、とうとう会社を去ることになりました。これで生産ラインの平均年齢がグっと下がり、生産ラインに携わる人数も減ってしまいます。うちの会社の技術は工場で生まれました。色々な機能をオートメーション化できたのも、工場で働く人たちがいたからです。でも、目に見えない力や、数字に反映されない労働力は評価されません。それに対してどうすることもできない自分の力のなさに、辟易しています」
A氏と出会ったのは今からちょうど1年前。リーマンショックから半年が経ち、派遣ギリが世間で問題になっていた頃だった。当時、労働組合の委員長を務めていたA氏は、次のような“お家事情”を話してくれた。
「うちの会社に派遣社員はいないので、世の中で問題になっているようなことは何もありません。ただ、数年前に成果主義が取り入れられ、生産ラインの40代以上の人たちの給料が、多い人で月20万くらい下がってしまった。それまでは完全な年功序列で、職種による賃金差は全くなし。生産ラインの工場長レベルは、その他の部署の部長職と同等の賃金でした。新しい賃金体系自体は、総合的に判断すると決して間違っていなかったと思っています。でも、本当にこれでいいのかな、という気持ちがあるんですよね」
職人たちは社内試験を受けたがらなかった
A氏の話によると彼の会社で取り入れた成果主義は、多方面から評価するものになっており、生産ラインの人でも社内試験を受けて他部署との仕事を兼務すれば、賃金を維持できる設定になっていたそうだ。
そこでA氏は彼らに試験を受けるよう勧めた。ところが、大半の“職人”さんたちは、「俺らはいいよ。今の仕事以外はできない」と試験を受けることを拒否。「自分たちの職場は工場。ここでずっとやってきた」と、どんなにA氏が勧めても受けようとしなかった。
新しい賃金体系を導入するまで社内では、「なんで毎日同じ仕事ばかりしている人たちの給料が、自分たちよりも多いんだ」と不満を唱える若い社員や、「海外の工場ではもっと安いコストでできる」と賃金の高さへの批判も多かったという。かつては工場で生まれていた新しい技術も、理系の高度な専門知識をもった人たちを集めた“開発室”という部署で扱われるようになり、生産ラインの人たちの仕事は、いつしか「機械で補えない部分をまかなうだけ」になっていたそうだ。
そんな社内事情もあってか、賃金が下がる生産ラインの人たちに対して、「社内試験というチャンスもあるのに、それを受けないんだから仕方がないじゃないか」と、冷ややかに見る社員も少なくなかった。
営業職だったA氏が入社した頃は、生産ラインの人たちとの交流も多く、はんだ付け一つにこだわり続ける職人の熱さや、実直なまでにものづくりに取り組む彼らの姿勢から学ぶことも多かったそうだ。それだけに、彼らの賃金が下がることに対して、言葉に上手くできない、やるせなさを感じたという。
長引く不況と円高の影響はA氏の会社にも大きな影を落とした。大幅な“人員整理”が急速に進められたのだ。
ターゲットは40歳以上の生産ラインの人たちだ。中学や高校を出て工場の中だけで働いてきた人たちを、それまでと全く関係のない部署に異動させたり、正面から早期退職を迫ったりと、会社は彼らが「辞めます」と言わざるを得ない状況に追いやっていったとA氏は言う。
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博士(Ph.D.、保健学)・東京大学非常勤講師・気象予報士。千葉県生まれ。1988年、千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。2004年、東京大学大学院医学系研究科修士課程修了、2007年博士課程修了。長岡技術科学大学非常勤講師、東京大学非常勤講師、早稲田大学エクステンションセンター講師などを務める。医療・健康に関する様々な学会に所属。主な著書に『「なりたい自分」に変わる9:1の法則』(東洋経済新報社)、『上司の前で泣く女』『私が絶望しない理由』(ともにプレジデント社)、『







