「第三企画室、出動す 〜ボスはテスタ・ロッサ」

episode:50
「ふと、我に返ったときに、なんだか自分自身の価値がどんどん下がっているみたいで……」

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2010年4月13日(火)

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前回までのあらすじ

老舗 大日本鉄鋼の3人だけの部署、第三企画室は新会社オルタナティブ・ゼロとして独立した。旭山隆児(あさひやまりゅうじ)は社長、風間麻美(かざまあさみ)は第三企画室室長、楠原弘毅(くすはらこうき)は次長だ。風間のプロジェクトは、オートバイの整備をするガレージ村。バッテリーのメンテナンスというテーマが浮上してきた。

【登場人物の紹介はepisode:zeroをどうぞ】

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「お待たせしました」

 花村利恵さんが店に現れたとき、一緒に待っていた弘毅君の目の色が変わったのがわかった。

 東急自由が丘駅から少し離れた住宅街のテラスカフェ。

 30代半ばくらいで、たぶん、身長は170センチ近くあるだろう。最近では珍しく、胸まで降りた真っ黒なストレートヘアを風になびかせるようにして、店内を横切り、わたしたちの席までやってきた。まるで彼女のために特別に仕立てられた物のように、スキニーなジーンズが真っ直ぐな脚を包んでいる。

 片岡義男のバイク小説に出てくる女性ライダーのイメージ。

(片岡義男なんて小説家、全然知らなかったけど、おやじライダーがみんな知っているのに驚いた。それからわたしも借りた角川文庫で読んだ)

 彼の小説では、バイクから降りた女性ライダーがヘルメットを脱ぐと、たいてい長い黒髪が肩にこぼれ落ちてくる。

 水商売の女性以外に髪を茶に染めている女のいなかった時代の小説。

 でも、特定の映画や小説に浸った人間は、登場人物のイメージにそっくりな人物に出会ったとき、何か特別な運命みたいなものを感じてしまったりする。自分は小説の主人公なんかじゃないのに──。

 少なくとも彼女は光を運んでやって来た。

「堂本さんたちから風間さんのお噂は伺っていました。ガレージ村をサポートするビジネスをしている人で、風間麻美さんという女性がいらっしゃるんだって。説明のときのみんなの言い方や表情から絶対きれいな人だと思っていたら、やっぱり」

「いいえ。それはわたしのセリフですよ」

 一歩間違えれば嫌味なやりとりになってしまうところだ。けど彼女の言い方は自然だったし、わたしもほんとに同じことを思っていたのだ。

 「ハナちゃん」という名をいうときの、なんともいえないニュアンスの変化。好意を持っている異性の名を口にするときの微妙なトーン。それがガレージ村の複数の男性から感じとれた。だからきっと魅力的な女性であるに違いないと思った。

 どちらにしても「きれいな人」と言われて喜ばない女はいない。女同士、相手をきれいだと言い合ったっていいじゃないか。少なくともわたしはお世辞ではなく本心で彼女のことを素敵な人だと思ったのだし……。

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著者プロフィール

阿川 大樹(あがわ・たいじゅ)

小説家、コラムニスト。1954年、東京生まれ。日本電気(NEC)およびアスキーで半導体LSI開発エンジニアおよび半導体部門事業責任者。1991年より、米国シリコンバレーの半導体ベンチャー企業の設立に参加。1997年、小説家に転身。1999年、サントリーミステリー大賞優秀作品賞。2005年、ダイヤモンド経済小説大賞優秀賞。著書にはシリコンバレーで起業する日本人技術者と巨大資本の闘いを描いた『覇権の標的』、最新刊は『フェイク・ゲーム』。横浜市の元特殊飲食店街・黄金町に仕事場「黄金町ストーリースタジオ」を構え、地域の人と共に、町の再生プロジェクトにも参加している。日本推理作家協会会員。



このコラムについて

第三企画室、出動す 〜ボスはテスタ・ロッサ

「ものづくり」の栄光にも、金融のゲームにも、なりゆきまかせの楽観論にも頼らずに、日本企業の未来を拓く。隣が何をしているのかさえ分からない大組織どうしの思惑が絡み合う巨大な経済の中で、大きな目的を与えられた個人たちに何ができるのか。製鉄会社「大日本鉄鋼」に極秘裏に組織された「第三企画室」が、走り出す。

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