「明治の男に学ぶ中国古典」

ペリーも驚いた日本人の華麗さと威厳の背景にあったもの

渋沢栄一を経てグローバル化した『論語』の旅をたどる〈2〉

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2010年4月22日(木)

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 「わが子の教育問題に関しては、著名人を含め、実社会で活躍されている人の多くが本当に悩んでいる」

 と、筆者は自分が講師をつとめる勉強会などで感じることがあります。あるジャンルや業界でひとかどの人物になるためには、時間や労力など、莫大な資源投下が必要になってきますが、その分どうしても家族や子供との時間がとれなくなりがち。子供が万が一にもグレてしまって、

 「世間ではあんなにご立派に活躍されているのに、家庭では…、子供さんは…」

 などと言われてしまうのは、やはりちょっと避けたい事態なわけです。しかし、そうはいっても仕事で手を抜くわけにもいかず、子育ての主体となってくれている配偶者のフォローもままならないという、悩ましいジレンマに陥りがちなんですね。

 さらに極端な例ですが、マスコミの報道などでは、
「著名人の子供の不品行と、そのもみ消しの噂」
「教育について語るタレントさんの子供が、問題を起こした」
 なんて話題が、踊ってしまうこともあります。社会的なステイタスと、親としてあるべき姿との乖離が、
「口では立派なことをいっていても、行動が伴わない」
 という話にまで至ってしまうのです。

 この点に関しては、戦前・戦後の大漢学者・安岡正篤に、こんな耳の痛い指摘があります。

《本当の自分を作るということの反映が、環境・社会の建設にならなければならぬ。自分というものを棚上げにして、いくら社会改造、理想社会の設計図を描いてみたところで、設計図だけでは家にならんのであります。住めんのであります。この真理がわからない人が非常に多い》『王陽明』安岡正篤 PHP文庫

 ひらたくいえば、自分自身のことさえきちんとできていないのに、それを棚に上げて立派なことを言う奴が多すぎる、という厳しいご指摘なのです。こういう言葉を聞くと、筆者など穴があったら入りたい、としみじみ思ってしまいます。ロクな実績もないのに人前で話をして「センセイ」と呼ばれて喜んでいたり、評論や評価の言葉を書き散らして悦に入ったりするのは馬鹿のきわみ、実社会で見事な貢献をしていたり、立派なお子さんを育てられていたりするような皆さんの方が、よほど偉いという点は、ゆめ忘れてはならないんですね…。

実践に結びつかない学問には意味がない

 こうした観点は、もともと孔子が『論語』のなかで強調していたものでもありました。

君子は、食べ物や住まいについて、ことさら贅沢を願わず、行動は機敏に、発言は慎重を旨とする、そして、立派な人物を見習って我が身を正すのである。こうあってこそ、学問を好む人間と言えよう(君子は食飽くことを求るなく、居安きを求るなく、事に敏にして言に慎み、有道に就きて正す。学を好むというべきのみ)『論語』学而篇

 ここで注目すべきは、「学問を好む」の内容として列挙された部分。ご覧になった通り、「読書」や「知識の習得」という文言が、まったく出てこないのです。善い行いをきちんと身につけていくことこそ学問の本義であり、実践に結びつかない学問は意味がない、と孔子は考えていました。

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著者プロフィール

守屋 淳(もりや あつし)

1965年東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。大手書店勤務を経て、現在は中国古 典、主に『孫子』『論語』『老子』『荘子』『三国志』などの知恵を現代にどのように活かすかをテーマとした執筆や企業での研修・講演を行う。著書に『心をほぐす老子・荘子の教え』(日本実業出版社)、『「論語」に帰ろう』(平凡社)、『「勝ち」より「不敗」をめざしなさい』(講談社)、『孫子・戦略・クラウゼヴィッツ―その活用の方程式』(プレジデント社)ほか多数。訳著に『現代語訳論語と算盤』(ちくま新書)。講演CDに『幕末・明治の英傑に学ぶ』(日経BP社)。『渋沢栄一の「論語講義」』守屋淳編訳 平凡社新書。著者ホームページはこちら



このコラムについて

明治の男に学ぶ中国古典

渋沢栄一、秋山真之、岡倉天心ら明治の偉人たちは『論語』『孫子』『老荘思想』などの中国古典を体得し、自らの活動の糧としていました。こういった中国古典が日本にどう定着していったのか、そしてそれらが明治の偉人たちにどう受け入れられ、どのように世界へ広まっていったのかを彼らを軸にして描きます。

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