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日産が日本人に建て直せなかった理由

「経営のプロ」の役割を実は日本人はよくわかっている

  • 岡島 悦子

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2010年5月13日(木)

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 日本には「経営のプロ」が育っていない、これからの時代に必要になる「経営のプロ」が不足している、という懸念をこのコラムの第1回で書かせていただいた。今回は、「経営のプロ」の役割について、事例を交えながら論じてみたい。

 実は日本のビジネスパーソンは「経営のプロ」というものがどういうものなのかについて、とてもよく理解しているはずだと思う。極めてわかりやすい例があったからである。

 それが、日産自動車を大改革した、カルロス・ゴーン社長のケースである。1911年に設立された日産自動車は、トヨタ自動車に次ぐ国内第2位の自動車メーカーとして日本に大きな存在感を示していた。そんな名門企業が1990年代に販売不振に陥り、財務体質が悪化。98年には約2兆円もの有利子負債を抱えて経営危機に陥ってしまう。

 危機的状況の中で改革意識は高まるが、結局、日産自動車は自力での再建を断念せざるを得なくなってしまった。自社の経営陣で改革を行うことができなかったのだ。そして1999年、フランスの自動車メーカー・ルノーとの資本提携が決まった。このとき、ルノーから送り込まれたのが、ルノーの副社長だったカルロス・ゴーン氏である。ゴーン氏は実は当時45歳の若さ。グローバル企業ルノーが育てた、まさに「経営のプロ」だった。

なぜ、ゴーン氏は日産を建て直せたのか

 ゴーン氏は日産自動車の最高執行責任者(COO)に就任(2000年6月に同社長就任)。いち早く「日産リバイバルプラン」を作り上げると、それまでの経営陣がなしえなかった、工場などの生産拠点の閉鎖、資産の売却、人員削減、子会社の統廃合、取引先や原材料仕入れの見直しなどの大リストラを敢行する。日産自動車のみならず、日本国内にも大きなショックを与えた大改革だったが、日産自動車はこの改革によって経営危機を乗り越え、見事に復活を遂げる。

 前回、図を掲出して解説したが、企業はその成長ステージに応じて、経営課題が異なっていく。戦後の日本は基本的に右肩上がりの成長を続けたが、経営者が直面したのは、右肩上がり時代における経営課題だった。ところが、成長ステージが変わり、競争激化や業界成熟化でひとたび右肩下がりとなると、それまでとは異なる経営課題に経営陣は直面しなければならなくなる。これまでの経営スキルとは、異なる経営スキルが必要になるのだ。

 まさに、日産自動車のケースがそうだったのではないか。自社の経営陣によって抜本的な経営改革を行うことができなかったのだ。そして、社内の人的資源では不十分だったとき、登場したのがカルロス・ゴーンという外部の「経営のプロ」だったということである。

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