「第三企画室、出動す 〜ボスはテスタ・ロッサ」

episode:54
「人は自分の理想を超えることはできない。だから抱く理想は高くなくてはならない。」

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2010年5月18日(火)

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前回までのあらすじ

老舗 大日本鉄鋼に旭山隆児(あさひやまりゅうじ)が呼び戻され、三企画室が設置され1年が過ぎようとしていた。独立した新会社オルタナティブ・ゼロでは旭山社長のもとで第三企画室室長 風間麻美(かざまあさみ)、次長 楠原弘毅(くすはらこうき)がそれぞれ忙しく働いていた。だが風間の顔色が冴えない。

【登場人物の紹介はepisode:zeroをどうぞ】

 意外なことに、平日の真っ昼間、油壺湾の繋留地に舫いをとったヨットに、ちらほらと人影が見える。

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 リタイア組か。旭山隆児はいまさらながら思った。

 一人でコクピットに座って本を読んでいる者、彼は数年前まで世界的な電器メーカーの社長だった。別の船で夫婦でマグカップを手に話をしている男はメガバンクの役員を何年か前に辞めたはずだ。

 20年前の夏、ヨットには若い男女がたくさんいた。

 ぎらぎらと輝く夏の太陽。白い入道雲。ヨットの白い帆。そんな夏の象徴は自動的に「若者」をイメージさせた。

 いまはどうだ。

 ヨット界では、30代ですら見かけることが少なくなった。ヨット雑誌でクルーを募集しても若者はさっぱり来ない。クルーザーヨット教室を開催している横浜のハーバーでも、「生徒」はほとんど40歳以上だという。

 若くて新しいヨット乗りが増えない。ヨット乗りの平均年齢は、毎年1歳ずつ上がっていく。いま全国のヨットハーバーは「半ズボンをはいた年寄り」ばかりになっている。

 現役に戻ってしまった自分が、平日にヨットに来るのは久しぶりだった。

*  *  *

「前にここへ呼んでくださったのは去年の秋でしたね」

 ヘルメットを抱えて乗り込んできた風間がいう。

「なんだ。バイクじゃ、ビールが飲めないじゃないか」

「どうせなら帰りにガレージ村に寄ろうと思って」

 テンパッている風間に息抜きをさせてやろうと、会議室をこの〈テスタ・ロッサ〉の船上にしたというのに、仕事の虫には通じなかったか。

 前回の船上会議。あの頃は大日本鉄鋼の一部署だったが、いまはオルタナティブ・ゼロ、れっきとした別会社だ。

 時間が経つのは早い。

 絶不調だった鉄鋼の需要は、経済発展をつづける中国向けを中心に回復してきている。しかし、日本で製造している鋼材ビジネスがこの先どうなるかは、依然としてわからない。中国の自動車市場はついにアメリカを抜いて世界一になった。自動車生産が中国にシフトするのは自然な流れだ。値段の割に重くて輸送の大変な鉄鋼を日本から運ぶということが長続きするはずはない。

 そればかりか中国製の自動車がめきめき実力をつけている。中国人の好みを熟知して、中国人が求める値段と品質に合わせて作られる、メイド・イン・チャイナの自動車のシェアはどんどん上がっていくだろう。

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著者プロフィール

阿川 大樹(あがわ・たいじゅ)

小説家、コラムニスト。1954年、東京生まれ。日本電気(NEC)およびアスキーで半導体LSI開発エンジニアおよび半導体部門事業責任者。1991年より、米国シリコンバレーの半導体ベンチャー企業の設立に参加。1997年、小説家に転身。1999年、サントリーミステリー大賞優秀作品賞。2005年、ダイヤモンド経済小説大賞優秀賞。著書にはシリコンバレーで起業する日本人技術者と巨大資本の闘いを描いた『覇権の標的』、最新刊は『フェイク・ゲーム』。横浜市の元特殊飲食店街・黄金町に仕事場「黄金町ストーリースタジオ」を構え、地域の人と共に、町の再生プロジェクトにも参加している。日本推理作家協会会員。



このコラムについて

第三企画室、出動す 〜ボスはテスタ・ロッサ

「ものづくり」の栄光にも、金融のゲームにも、なりゆきまかせの楽観論にも頼らずに、日本企業の未来を拓く。隣が何をしているのかさえ分からない大組織どうしの思惑が絡み合う巨大な経済の中で、大きな目的を与えられた個人たちに何ができるのか。製鉄会社「大日本鉄鋼」に極秘裏に組織された「第三企画室」が、走り出す。

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