「伊東 乾の「常識の源流探訪」」

「萌え」は未来を予言する!

――秋葉原はいつアキバになったか?

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2010年5月25日(火)

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 2010年5月21日付、米国「サイエンス」誌電子版に注目すべき論文が発表されたようです(解説記事はこちら、また日本語による解説はこちらをご参照ください)。

 まだ第一報を見た段階で今この原稿を打っているのですが、人間が化学的に合成したDNA(遺伝子)の断片をつなげて作った「人工合成ゲノム」を、遺伝子を抜き取った「大腸菌の抜け殻」に注入して「人工生命」の増殖に成功したらしい。バイオは完全に素人の僕がこんなご紹介をするのもおこがましいのですが、あまりにもセンセーショナル、かつビジネスチャンスにも開かれたニュースなのに、なぜか日本語で多くの記事を見ない気がしましたので、今日はここからお話を始めたいと思います。

 いやはや、早晩来るとは思いながら、ああ、来るものが来てしまった、という観があり、早速ツイッターでも呟いてみました。

 発表代表者はクレイグ・ベンターで、アメリカが1990年代から国を挙げて取り組んできたヒトゲノム計画の立役者ですが、ゲノムの解読は準備段階に過ぎず、実際には読み解いた膨大な「人間1人分の設計図」 を、ゼロから分子を並べ替えて作り変えるところに(よくも悪しくも神をも恐れない!)この計画のポイントがある。科学技術の長期的戦略を知れば、誰でも認めるところでしょう。

 かつて冷戦後期、宇宙開発という果てしない「新たなフロンティア」獲得競争に米ソ両国は血道を上げ、それに大きく疲弊しました。ソ連〜東側の体制そのものが崩壊した直後、米国〜西側は次の「成長」を保証する「新たなフロンティア」を少なくとも4つ見出し、極めて戦略的な予算の注入を計画、実行します。それが「情報」「環境」「ナノテク」「ヒトを含む生命」にほかなりません。実は「脳」なんていうキーワードも、最後の「生命」の応用問題に過ぎないものです。この4つは既に10年以上前から「重点化項目」として日本の科学技術予算配分などにもビルトインされているもので、知る人は皆知るキーワードでもあります。

ゲノム:コップの中の終わりなき成長フロンティア

 地球上での土地の分捕り合戦が2度の世界大戦でこう着状態に入り、冷戦期「平面がダメなら垂直に目を向けよう」と目指した宇宙と大陸間弾道弾のパワーバランス。しかし宇宙空間は人間が背伸びするにはあまりにも広大すぎました。

 私たちの身の丈に合った、踏破しても踏破しても踏破し尽くすことのない「終わりなき成長可能なフロンティア」はないものか? そこで見出された成長可能エリアとして「IT(情報技術)」「バイオ」「エコ」「ナノテク」などを挙げることができます。

 地球上でフロンティアを目指すなら、仮に「未踏の荒野」と思われたアメリカの西部開拓やゴールドラッシュも、結局は1890年代に太平洋側のカリフォルニアまでつながってしまい、いつか「開拓」に終わりが来ます。20世紀に入り、アメリカのケースで考えれば「さらに西へ」とハワイ併合、フィリピン進出と太平洋戦略を繰り広げ、それが第2次世界大戦から現在の普天間までつながっているわけですが、よくも悪しくもこのラインでの「成長」は限界が見えています。

 1990年代、米国で考えられた成長戦略の1つは、半導体ベースの「仮想メモリ空間」であれば、いくら開拓しても終わりは来ないだろうという見通しでした。かくして、国を挙げて「IT革命」戦略が構想立案、実行完遂されて、私たちの社会はすっかり情報化してしまいました。たかだかここ15〜20年の変化です。

 個人的には「IT革命」が「革命」足りえた、最も分かりやすい結果が「米国のバラク・オバマ政権」の成立だと思っています。この直前、100年に1度、か分かりませんが、膨らますだけ膨らませたネットバブルがファニーメイだリーマンだ、と次々に破綻してゆくのも、後知恵で考えれば自明の理でしょう。

 地上の私たちに賄うことが可能な実体経済には当然ながら限界があります。それと別に、メモリ上の仮想空間で数字だけ「資産経済」と称して膨らませても、限界があるのは明らかです。

 「IT」のラインで一定の「成長限界」が見えた時、果たして米国が次に切ってきたカードは? ・・・「グリーン」政策にほかなりません。これは大まかに「エコ」「ヘルス」2つのポリシーに分けられますが、各々ザックリと「エコ」→「環境」+「ナノテク」ヘルス→「ゲノム」+「ナノテク」という背景となる基幹競争力(コアコンピタンス)が準備されているものです。

 このいずれも、適切なタイミングで細かくお話できると思いますが、今は「ゲノム」〜人工生命という「次のフロンティア」の観点から1つ前のフロンティア、既に敷設された情報ハイウエイ=IT環境上でのコンテンツ流通を考えてみたいと思うのです。

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著者プロフィール

伊東 乾(いとう・けん)

伊東 乾

1965年生まれ。作曲家=指揮者。ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督。東京大学大学院物理学専攻修士課程、同総合文化研究科博士課程修了。松村禎三、レナード・バーンスタイン、ピエール・ブーレーズらに学ぶ。2000年より東京大学大学院情報学環助教授(作曲=指揮・情報詩学研究室)、2007年より同准教授。東京藝術大学、慶応義塾大学SFC研究所などでも後進の指導に当たる。基礎研究と演奏創作、教育を横断するプロジェクトを推進。『さよなら、サイレント・ネイビー』(集英社)で物理学科時代の同級生でありオウムのサリン散布実行犯となった豊田亨の入信や死刑求刑にいたる過程を克明に描き、第4回開高健ノンフィクション賞受賞。科学技術政策や教育、倫理の問題にも深い関心を寄せる。他の著書に『表象のディスクール』(東大出版会)『知識・構造化ミッション』(日経BP)『反骨のコツ』(朝日新聞出版)『日本にノーベル賞が来る理由』(朝日新聞出版)など。



このコラムについて

伊東 乾の「常識の源流探訪」

私たちが常識として受け入れていること。その常識はなぜ生まれたのか、生まれる必然があったのかを、ほとんどの人は考えたことがないに違いない。しかし、そのルーツには意外な真実が隠れていることが多い。著名な音楽家として、また東京大学の准教授として世界中に知己の多い伊東乾氏が、その人脈によって得られた価値ある情報を基に、常識の源流を解き明かす。

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