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トヨタが鳴らした技術過信への警鐘

ソフト重視の「簡秀技術」がモノ作りを救う

  • 常盤 文克

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2010年5月31日(月)

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 この半年間、世界中のメディアをにぎわした話題の1つが、トヨタ自動車のハイブリッド車「プリウス」など一連のリコール問題です。

 トヨタは日本のモノ作りを象徴する存在であり、「トヨタ生産方式」は製造業のお手本として日本のみならず世界中に広く浸透しています。それだけに、これは決して一企業、一業種だけの問題ではありません。日本のモノ作りに対する警鐘ではないかと思うのです。これを機会に、モノ作りのあり方について2回に分けて論じてみたいと思います。

 このリコール問題を契機に沸き上がった議論の1つが、日本企業のモノ作りには過信があるのではないか、という点です。日本製品の品質は世界で一番であるとか、日本はモノ作り立国であるといった誇りが、今回の問題をきっかけに大きく揺らいでいます。

 日本企業はかつて、米国製品の物まねと揶揄されながらも、故障が少なく価格が安い自動車や家電製品などを地道に開発することで、世界市場で信頼を獲得してきました。ところが、ここにきて韓国や中国の企業が実力をつけ、製品の質を高めています。

 韓国のサムスン電子やLG電子、現代(ヒュンダイ)自動車といったメーカーは、今や世界トップクラスのブランドになっています。中国でも白物家電メーカーのハイアール(海爾集団)が存在感を示すなど、安かろう悪かろうの製品ばかりではなくなっています。

 モノ作りにおける品質で韓国や中国に追いつかれてきた時に、日本製品の優位性はどこにあるのでしょうか。どうやって差異化すればいいのでしょうか。これは極めて大きな問題です。この点を気づかせてくれたのが、トヨタのリコール問題だととらえています。

人は進化しすぎた機械と“対話”できない

 モノ作りと一口に言っても、そこには「技(技術)」と「心(精神)」の2つの側面があります。この技と心が1つになった時、まさに心技一体で真のモノ作りが実現するのだと私は考えています。まずは、技術の面からモノ作りを論じてみましょう。

 トヨタのリコール問題を巡っては、実に様々な意見、議論が沸き起こりました。その多くは問題点として、自動車設計のデジタル化が進み、同時に構造が複雑になってきたことを指摘しています。高度化・複雑化するシステムを統合する過程で問題が生じたり、品質評価が追いつかなかったりしたのではないか、というのです。

 私も同じように思います。具体的には人と機械(クルマ)との境界、すなわち「マン・マシン・インターフェース」に問題が起きているのではないでしょうか。

 これまでの機械は人間の一部を代替し、人間を助けることで進化してきました。そこには人間と機械との一体感がありました。しかし、その役割が逆転し、機械の進化が行きすぎてしまったことで、人間と機械との間に大きな溝が生じてしまったのです。これは、機械の高度化・電子化(コンピュータ化)を推進していく過程で、「心」を持つ人間を捨象してきた結果でもあります。

 つまり、機械が高度化・電子化してデジタルになりすぎた結果、アナログな思考や行動をとる人間が機械を上手に使いこなせなくなり、逆に機械に頼りきりになってきたのではないか、ということです。

 こうして人間と機械(ヒトとモノ)の間にあった一体感が薄らぎ、両者が“対話”できなくなってきたとも言えます。

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