「伊東 乾の「常識の源流探訪」」

秋葉原ジャパン・クール!

――合成ゲノム時代のグローバル・カルチャーリーダー

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2010年6月1日(火)

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 4月最終週のある日、大学院講義の1回を実地見学に充てて、学生たちと秋葉原の町を歩きました。今期は学生たち含め、ツイッター上で公開の議論も進めつつ、秋葉原やアニメ、ゲーム、コミックなどコンテンツの問題を考えています。「音響空間情報論」という私の大学院での講義演習ですが、問題がオープンなものですから、公開できる議論は通風のいいところでするのが良かろう、と考えました。

 前回も記しました通り、「アキバ」になってからの秋葉原を私は全く知りません。事情に詳しい「週刊金曜日」企画委員のIさん、それに角川学芸出版のKさんと2人の編集者にエスコートしていただいて、15人ほどの学生と小雨のそぼ降る秋葉原を訪れました。

 集合場所として学生諸君には「JR秋葉原駅中央口」を指定したのですが、そこからして「素人」と、そうそうにIさんから教育的指導が。

現在は工事中のJR秋葉原駅、電気街口に学生諸君と向かう。

 「アキバといえば電気街口に決まっています」

 アタマで考えたイメージでは、元来電気街だった秋葉原がコミックやゲームの町に発展していったのだから、電気街口でないほうがアニメタウンなのかと素人考えで思っていたのですが・・・完全に何も分かってないことがのっけからバレてしまいました(苦笑)。

 電気街口から外に出ると、まず目の前のラジオ会館に行こうということになりました。私の古い頭ではラジオ会館は家電を売っているところで、学生時代の1987年、イタリアの作曲家ルイジ・ノーノが「ウォークマンが欲しい」というので案内して以来23年ぶりに足を踏み入れたのですが・・・多くの読者の皆さんのほうがむしろご存じかもしれません。私1人が全くの浦島太郎になっていました。

フィギュア職人芸に見る「暗黙知」

 ラジオ会館はワンフロア全体がフィギュアあるいはコミックやゲーム(いわゆる「エロゲ」が多い)という階が大半という変わり様。20代30代とアレコレやっているようで、結局、自分の仕事以外はほとんど知らないオッサンの自分を改めて痛感しました。

 学生のみんなには、展示スペースがどんな環境になっているか、とりわけ音響・調光・空調の3点に注意しながら、「売り場を観察してみよう」と課題を出して自由行動としました。

 僕自身が最初に見たのはフィギュアの店舗でした。実際に細かく見始めて、何というか、とても安心し、元気になりました。手工業が生きているように見えたからです。人形の細かな細部から、それが身に着ける服や小物まで、実に丹念に作られています。実作業はどこでやっているのか分かりませんが、デザインは日本が大半ではないかと思いました。

 それについている正札、数千円が多かったですが、中には14万円などというものもあり、地味な手作業の成果になかなかの市場価値がついている! 私自身、とても手間ひまの掛かるアナログ音楽の職人でもありますので、とても嬉しく感じました。

「アニメのアキバ」は「電気街の秋葉原」の内部に育っていた!

 素人の私がざっと見た限りですが、フィギュアのフロアの大半は中小メーカーの品物で、大手が寡占している感じは希薄でした。あ、これは同じことなのかもしれない、とその時、思い直しました。家電はもちろん大手もしのぎを削るわけですが、四半世紀前に見慣れた秋葉原でも、部品や素子など中小メーカーが実に良い仕事をしていました。

 かつて大学院で固体物理学を学び、物性実験に携わっていた私には、電気製品における日本製品のスマートさ、いわば「ジャパン・クール」を下請けの技術力が支えていた側面があると思っています。大手の資本は確かに大切です。しかし同時に、大手の中で身動きが取れないような技術の実際を、下請けサイドの「町の巨匠」たちが担ってかつての「技術立国・日本」が支えられ、またバブル崩壊後の1990年代、下請けの試作工場が閉鎖に追い込まれたり、熟練工が定年退職したりして、メーカでものづくりができなくなったケースが続出したのも、そんなに古い記憶ではありません。

 上のケースは鋼板や半導体などの「町の巨匠」の話で、フィギュア職人とは全く別の話です。それでも、CAD(コンピューターによる設計)だ自動生成だといった一見カッコイイ話だけでなく、最後は実に泥臭い手作業と現場の知恵――敬愛する野中郁次郎さんの表現を拝借すれば「暗黙知」――がモロに問われる品物であることは、フィギュアにも共通しています。

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著者プロフィール

伊東 乾(いとう・けん)

伊東 乾

1965年生まれ。作曲家=指揮者。ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督。東京大学大学院物理学専攻修士課程、同総合文化研究科博士課程修了。松村禎三、レナード・バーンスタイン、ピエール・ブーレーズらに学ぶ。2000年より東京大学大学院情報学環助教授(作曲=指揮・情報詩学研究室)、2007年より同准教授。東京藝術大学、慶応義塾大学SFC研究所などでも後進の指導に当たる。基礎研究と演奏創作、教育を横断するプロジェクトを推進。『さよなら、サイレント・ネイビー』(集英社)で物理学科時代の同級生でありオウムのサリン散布実行犯となった豊田亨の入信や死刑求刑にいたる過程を克明に描き、第4回開高健ノンフィクション賞受賞。科学技術政策や教育、倫理の問題にも深い関心を寄せる。他の著書に『表象のディスクール』(東大出版会)『知識・構造化ミッション』(日経BP)『反骨のコツ』(朝日新聞出版)『日本にノーベル賞が来る理由』(朝日新聞出版)など。



このコラムについて

伊東 乾の「常識の源流探訪」

私たちが常識として受け入れていること。その常識はなぜ生まれたのか、生まれる必然があったのかを、ほとんどの人は考えたことがないに違いない。しかし、そのルーツには意外な真実が隠れていることが多い。著名な音楽家として、また東京大学の准教授として世界中に知己の多い伊東乾氏が、その人脈によって得られた価値ある情報を基に、常識の源流を解き明かす。

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