これまでのあらすじ
日豊自動車の専務である湯浅は、社長の松田義一に、アジア出競争力を持つ、低価格のガソリンエンジン車を開発せよと命令されていた。条件は「材料費割合70%、粗利率30%でリッター25キロ以上走れる車。販売価格は50万円台」という無理難題に近いものだった。
さらに湯浅は、高校時代の恩師、金子尚三が電話で言ったことを確かめる必要があった。
購買部の山田部長が、無駄な投資と無駄な在庫を、一次下請けであるヒノハラに強要していたというのだ。湯浅は山田に電話をかけ専務室に呼んだ。
経理部長の細谷真里は、社長の団達也に言われて国際会計基準のIFRSにのっとって決算書を作成していた。真里は初めて勉強するIFRSの概念がこれまで勉強してきた会計の考え方と違っていることに戸惑っていた。
日豊自動車購買部
「明日8時にそちらへ行く」
購買部長の山田克美にとっては、専務である湯浅に直接電話がかかってきて呼び出されただけでも“大事件”なのに、自分に会いに購買部のある川崎部品センターまで足を運ぶと言うのだ。
あまりに唐突な申し出に山田は心配になってきた。
もちろん購買部長という立場上、やましいことが全くないとはいえない。会社では禁止されている盆暮れの付け届けや、プライベートなゴルフの誘いがあれば、断ることはしない。
だが、そんな些細なことで会社に迷惑をかけたことはないし、そもそもせっかくの好意を断る方が無礼ではないか、と山田は思っている。しかも、納期遅れや欠品は断じて許さないし、コストダウン要求は歴代の購買部長の中で最も厳しく、協力会社に恐れられている。
(オレはこの会社に必要な人間なんだ)
山田は自分に言い聞かせた。
翌朝、川崎にある部品センターの玄関前に、黒塗りの社用車が止まった。
湯浅は車を降りると、山田の部屋に直接向かった。
「専務。こんなに早くお着きになるとは思ってもいませんでした」
と言うと、山田は読みかけのゴルフ週刊誌をあわてて閉じて、そっと机の引き出しにしまった。
「きみの担当は金属部品の購買だったね。ここに来る前に調べたんだが、きみの部門ではコストダウンも計画通りに進んでいるようだし、欠品もほとんどないというじゃないか」
「部下のおかげですよ」
山田は作り笑いをして答えた。
「今回のプロジェクトでもきみの力に期待しているんだ」
やっと安心したのか山田は安堵の表情を浮かべた。
「私も、キックオフミーティングで社長と専務のお話を伺い、やる気がわいてきました。ガソリン車も捨てたものではありませんからね」
すると湯浅は「そこなんだが」と言ってこんな話を始めた。
「きみの考えは間違いではない。だがね、社会の流れは完全に電気自動車(EV)だよ。トヨタ自動車もEVに本格的に参入したしね」
それはトヨタがアメリカのベンチャー企業へ約45億円出資した話を指していた。
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