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「ネロには死んでもらいます」
フランダースの犬秘話

日本アニメ産業の名門企業である日本アニメーション

  • 佐藤 紀泰

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2010年6月23日(水)

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 日本アニメ産業の名門企業である日本アニメーション。「フランダースの犬」「赤毛のアン」など1975年からの「世界名作劇場」シリーズを作りだした会社だ。この会社はアニメ産業の人材輩出企業として知られる。草創期にはスタジオジブリの宮崎駿監督や演出家の高畑勲氏らのほか、任天堂でポケットモンスターシリーズのキャラクターを考案した小田部洋一氏ら、世界のビッグネームが活躍している。「世界の子供たちに感動を」というキャッチフレーズの下で、妥協なき本物志向の作品作りにこだわってきた。

 ただ、1990年代半ばからはテレビ局のアニメ放映枠の削減で、厳しい時代が続いてきた。今ではアニメ「ちびまる子ちゃん」が経営の柱ではあるが、同社の最大の強みはやはり「名作劇場」だ。昨年は「赤毛のアン」シリーズである「こんにちは アン」も制作した。同社の創業社長である本橋浩一氏と、古巣に復帰して若手育成に尽力するアニメ作家の佐藤好春氏に、モノ作りへのこだわりと、人作りの重要性について聞いた。


(聞き手は佐藤紀泰=日経ビジネス編集委員)

 ―― 本橋さんは名作劇場シリーズを大切にしてこられました。

日本アニメーションが昨年制作した「こんにちは アン」のポスター(© N.A. / “こんにちは アン TMAGGLA”)

 本橋 1975年に放映された「フランダースの犬」がうちの会社にとって最初の作品になります。当時は亡くなられた森康二さんという人がいて、若手や中堅を鍛えていました。その中にはジブリの宮崎駿さんとか、演出家の高畑勲さんもいましたね。

 当時、プロ野球のナイター放送は人気がありましたが、フランダースの犬ではナイター放送が入りませんでした。それは子供が楽しみにしているので、飛ばせないのです。当時はカルピス食品の1社提供でした。

 問題だったのは主人公のネロが最後に死んでしまうことです。子供たちも原作を知っているわけです。それで、「ネロを殺さないで」という手紙がテレビ局にもたくさんきました。悩みましたね。それで、スポンサーのカルピス食品の経営トップの方に相談に行きました。すると、その方は「やはりネロには死んでもらいましょう」と言われました。

 ただ、簡単に死んでしまうのはどうかと思いました。それで、最終回の最後にネロが天使に抱かれていくシーンではNHK交響楽団に演奏をお願いしました。それがあるから、あの迫力が出ました。40%近い視聴率だったのではないでしょうか。

1カ月500枚描いても食っていけない

 ―― アニメの現場はとにかく、仕事がきつい、というイメージですね。

 本橋 1970年代に私がアニメ産業に入ったころはアニメーターの生活が大変でした。本当に好きな人でなければ、やっていけない。そもそも、1枚200円ぐらいでしたから。1カ月に描けるにしても、500枚ぐらいでしょう。それでは食っていけません。

 ですから、経営トップとして私は何とか、若い人たちが生活できるように工夫しました。海外での放映権の販売やキャラクター商品事業もそうです。ただ、うちは名作シリーズがあり、本当に熱気がありました。

 ―― 1980年代から、マンガコミック全盛の時代になり、名作劇場シリーズも厳しくなっていきました。

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