「明治の男に学ぶ中国古典」

孔子や孟子が大将となって、日本に攻めてきたら…

渋沢栄一を経てグローバル化した『論語』の旅をたどる〈4〉

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2010年6月24日(木)

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 『葉隠』といえば、戦国時代の気風を色濃く残した「武士道」を描いたことで有名ですが、そのなかにこんな記述があります。

 《若いとき、衆道(男色)で一生恥をかかなければならないようなことを起こすことがある。その心得がないと危険だ。しかし、衆道というものは、その心得を説いて聞かせる者がいないものだ。そのあらましを述べよう。

 まず、貞女二夫にまみえずという諺のように心がけなければならない。情愛をそそぐのは一生のうちにただ一人だ。それでなければ男娼と同じことで、また淫乱な女とかわりはない。これは武士の恥である。『相愛の友を持たぬ前髪立ての少年は、夫のない女と同じである』と、井原西鶴の書いたものにあるが、これはなかなかの名文句だ。そういう若者に人は手を出したがるものである。そして相愛の友は、五年ほど交際して心が固いと思ったならば、こちらからも信頼の心を持つべきだ》『葉隠 I 』奈良本辰也 駒敏郎訳 中公クラシックス

 歴女と腐女子を兼ね備えた女子の方がご覧になったら、泣いて喜ぶであろう内容が書かれていますが、要するに日本の戦国時代から江戸初期にかけて、いかに男色が盛んだったのかがわかる話なのです。

 こうした風潮に対して江戸時代の熊沢蕃山という儒学者が、次のような見解を述べています(以下、引用はすべて筆者が大意を訳しています)。

 《一国一群の主君である人が、無理に男色を禁止したとしよう。その権勢に恐れて外面では服従したような振りをするかもしれないが、隠れて止むことはないだろう。すると、その主君の学んだ儒教を嫌うようになって、その学問をやまないかと願うばかりだ。ひいては男色を好む人々が、怨みを抱いて儒教を敵視し、そしるようになるだろう》『集義外書』

 つまり儒教を学んだ君主が、下手に男色を禁止するような命令を出すと、それを好む人々から「俺たちの好みを否定する儒教なんて嫌だ」と思われてしまうので、無理に禁止するのはやめておこう、というのです。

 「人の道」や「仁義道徳」を説いてやまない儒者にしては、随分遠慮した物言いだなあ、と思ってしまう一文なのですが、実はここにこそ日本の儒教受容の特徴があります。

 つまり、儒教というのは基本的に、日本人にとっての外来思想。このため、人々に嫌われることなく定着させること最優先とし、時代や環境、風土の違いからくる相違にはなるべくめくじら立てないでいよう、と当時の多くの儒者たちは考えていたわけです。

  ですから他にも、
 「親がなくなったら三年の喪に服す」
といった儒教の根本的な教えなども、真面目に守っては政務が滞るからと無かったことにし、

 「親の仇とは同じ天を戴かない――『不倶戴天』の語源になった部分ですが――友人の仇とは国を同じくしない」

 といった教えも、後半に関しては日本から海外に行くのは非現実的なので無視、といったように、日本は儒教を取捨選択しつつ受けいれていった面がありました。

 さらに、もう一つだけユニークな例をご紹介しますと、儒者の山崎闇斎と弟子がこんな想定問答を行っているのです。

 《山崎闇斎が、大勢の弟子たちにこう問いかけた。
 「今まさに中国が、孔子を大将とし、孟子を副将として、数万騎をひきいて、わが日本に攻めてきたとしよう。このとき、わたしの門下で孔孟の道を学んでいる諸君は、一体どうするのかね」

 弟子はみな答えることができず、こう言った、「わたしたちにはどうすればいいか、わかりません。どうかご意見をお聞かせください」

 不幸にも、このような事態にあったなら、わが門下は甲冑をかぶり、手に剣をとり、これと戦って孔子と孟子を捕虜にし、わが国への恩を返すのだ。つまり、これこそ孔孟の道なのだ》『先哲叢談』

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著者プロフィール

守屋 淳(もりや あつし)

1965年東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。大手書店勤務を経て、現在は中国古 典、主に『孫子』『論語』『老子』『荘子』『三国志』などの知恵を現代にどのように活かすかをテーマとした執筆や企業での研修・講演を行う。著書に『心をほぐす老子・荘子の教え』(日本実業出版社)、『「論語」に帰ろう』(平凡社)、『「勝ち」より「不敗」をめざしなさい』(講談社)、『孫子・戦略・クラウゼヴィッツ―その活用の方程式』(プレジデント社)ほか多数。訳著に『現代語訳論語と算盤』(ちくま新書)。講演CDに『幕末・明治の英傑に学ぶ』(日経BP社)。『渋沢栄一の「論語講義」』守屋淳編訳 平凡社新書。著者ホームページはこちら



このコラムについて

明治の男に学ぶ中国古典

渋沢栄一、秋山真之、岡倉天心ら明治の偉人たちは『論語』『孫子』『老荘思想』などの中国古典を体得し、自らの活動の糧としていました。こういった中国古典が日本にどう定着していったのか、そしてそれらが明治の偉人たちにどう受け入れられ、どのように世界へ広まっていったのかを彼らを軸にして描きます。

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