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百貨店の寿命は40年前に尽きていた

“のれん”にこだわり、転地の機会を2度も逃す

2010年6月22日(火)

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 会社には寿命がないが、事業には寿命がある。その平均はざっと見て30年。太平洋戦争に敗戦した後の復興期に新たな事業を起こして成長した日本企業は、1980年代に主力事業の寿命が尽きた勘定になる。

 そこで、新たな成長事業への乗り換え、私が編み出した言葉を使えば、事業立地を変える転地を行う必要に迫られた。だが、多くの企業はそうした現実を直視せず、組織や制度の変更、円高への対応に明け暮れてきた。そして、実に四半世紀もの年月をいたずらに浪費してしまった──。

 前回は、こうした日本企業の多くに共通する深刻な病状を指摘し、不毛な組織いじりから脱却して転地に正面から取り組む必要性を訴えた。これから回を重ねるごとに転地という大事業への取り組み方や留意点について解説していくが、今回はその前に、転地をしないとどのような窮地に陥るのかを考察しておきたい。

 転地を行わないまま、寿命の過ぎた事業にいつまでもしがみつく。その結果、文字通り、事業立地の劣化が止まらず、地盤がズルズルと沈下し続ける。そうした典型例として挙げられるのが、百貨店だ。

 周知の通り、百貨店業界では、2007年9月に旧大丸と旧松坂屋が経営統合してJ・フロントリテイリングが発足して以来、大手同士の合従連衡が相次いでいる。こうした動きに百貨店再生の期待が寄せられ、経営トップたちも「百貨店にはまだまだ可能性がある」といった強気の発言を繰り返している。

 だが、残念ながら、百貨店の再生などあり得ない。なぜなら、百貨店という業態そのものが、とっくの昔に寿命を迎えているからである。

 にもかかわらず、百貨店をあきらめて、業態を大胆に転換しようとする動きが一向に出てこない。このままでは再生どころか、損失を膨らませるだけだろう。

寿命が尽きた百貨店を延命させた“カンフル剤”

 百貨店という業態はいつ寿命を迎えたのか。

 まずは、次のグラフをご覧いただきたい。これは、東京証券取引所1部に上場していた百貨店16社の売上高と営業利益の合計を、1960年からたどったものである。

 1970年代前半までは売上高の伸びと軌を一つにする形で営業利益も増えてきたが、その後は売上高と営業利益の軌道は乖離している。

 売上高だけを見れば、ちょうどバブルが崩壊した1990年代前半から減少に転じており、ここに凋落の元凶があったように錯覚しがちだが、百貨店の変調はその20年前の1970年代前半に始まっていたのである。いま百貨店で働く人々は、下り坂しか知らないことになる。

コメント3件コメント/レビュー

小売業の歴史を勉強されていない人だと痛感しました。まず百貨店。1975年以降、特に80年以降売上高と利益の乖離が激しいです。これはそごうや西武が多店舗化戦略で全国に店舗を作り上げたからです。もともと心斎橋と有楽町にしかなかったそごうは30店舗まで増やし1兆円以上の売り上げを記録しました。これはバブルの追い風があっての売り上げ増もありました。しかしそごうに関していうと当時の水島社長は興銀から来た人で彼の大学時代の卒論「担保理論」を実践したのがそごうでした。店舗を出すと店舗の土地が上がって時価総額が上がり、それを元に新たな店舗を出す。周りの土地を買っておけばそれもあがるし、売れば利益も出る。小売業というより土地ころがし。業界では有名でした。そして百貨店、GMSとも陥ったわな。既存店舗の隣に更に大きな店舗を出すと必ず勝つ。これで規模競争に陥り、売り上げ上がれど利益は増えずになりました。大きな店舗を出した理由は他にもあり、店舗がアメニティー空間であることが集客につながったからです。古くはショーウインドーから始まっています。ところが大きくなりすぎた店舗は歩くだけで疲れる。そして人は思ったほど商品を選ぶのに時間をかけたくない。そうなるとしっかりした製品を指名買いしたい。大きくなりすぎたGMPは衣料を買いに行くより路面店に会に行くほうが、わざわざ広大な敷地の大きな駐車場に入れて延々と歩いて買うよりも遥かに楽です。百貨店の窮状は単に増えすぎた店舗が減ったことと、周知の通り先の見えない不況だからです。お金がなければ百貨店の高額品は売れませんし、指名買いされるブランド品は路面に出したほうが利益率も高いので路面店に力を入れます。先日銀座三越のティファニーで買い物しようとしたらお店の人に近くにあるティファニーブティックのほうが品揃えが多いと薦められてしまいました。好景気で消費者がお金を持ってこそ高額商品の集合体である百貨店が潤うのであって、不況だと確立したブランド製品は指名買いがあるので路面店に逃げたほうが利益率も上がって得策です。ついで買いは期待できないのです。(2010/06/22)

「三品和広の日本企業改造論」のバックナンバー

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「百貨店の寿命は40年前に尽きていた」の著者

三品 和広

三品 和広(みしな・かずひろ)

神戸大学大学院経営学研究科教授

専攻は経営戦略・経営者論。1989年米ハーバード大学文理大学院企業経済学博士課程修了、同大学経営大学院助教授に就任。北陸先端科学技術大学院大学助教授などを経て、2004年から現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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いただいたコメント

小売業の歴史を勉強されていない人だと痛感しました。まず百貨店。1975年以降、特に80年以降売上高と利益の乖離が激しいです。これはそごうや西武が多店舗化戦略で全国に店舗を作り上げたからです。もともと心斎橋と有楽町にしかなかったそごうは30店舗まで増やし1兆円以上の売り上げを記録しました。これはバブルの追い風があっての売り上げ増もありました。しかしそごうに関していうと当時の水島社長は興銀から来た人で彼の大学時代の卒論「担保理論」を実践したのがそごうでした。店舗を出すと店舗の土地が上がって時価総額が上がり、それを元に新たな店舗を出す。周りの土地を買っておけばそれもあがるし、売れば利益も出る。小売業というより土地ころがし。業界では有名でした。そして百貨店、GMSとも陥ったわな。既存店舗の隣に更に大きな店舗を出すと必ず勝つ。これで規模競争に陥り、売り上げ上がれど利益は増えずになりました。大きな店舗を出した理由は他にもあり、店舗がアメニティー空間であることが集客につながったからです。古くはショーウインドーから始まっています。ところが大きくなりすぎた店舗は歩くだけで疲れる。そして人は思ったほど商品を選ぶのに時間をかけたくない。そうなるとしっかりした製品を指名買いしたい。大きくなりすぎたGMPは衣料を買いに行くより路面店に会に行くほうが、わざわざ広大な敷地の大きな駐車場に入れて延々と歩いて買うよりも遥かに楽です。百貨店の窮状は単に増えすぎた店舗が減ったことと、周知の通り先の見えない不況だからです。お金がなければ百貨店の高額品は売れませんし、指名買いされるブランド品は路面に出したほうが利益率も高いので路面店に力を入れます。先日銀座三越のティファニーで買い物しようとしたらお店の人に近くにあるティファニーブティックのほうが品揃えが多いと薦められてしまいました。好景気で消費者がお金を持ってこそ高額商品の集合体である百貨店が潤うのであって、不況だと確立したブランド製品は指名買いがあるので路面店に逃げたほうが利益率も上がって得策です。ついで買いは期待できないのです。(2010/06/22)

やはりこちらの寄稿している松岡真宏氏とぜひ討論していただいて、白黒(?)はっきりつけもらいたいものです。(2010/06/22)

「1970年代前半から、百貨店が手にしていた利益を総合スーパーが奪い取っていったということ」には賛成です。2ページ目のグラフを見れば「90年代前半からGMSの利益はユニクロに取られた」も納得できますし、同じくユニクロがこの数年間で横ばい化し始めていることも感じています。ただ、デフレが良いことではないのは理解するものの、現実的に賃上げが進んでいませんから、購買力は上昇しません。であれば、国内全体が横ばいですから、どこかの企業が少しでも成長するなら、一方が没落せざるを得ないのも当面はやむ無しでしょう。私の考えでは抜本解決法は賃上げのみかと考えますので、ユニクロや百貨店を含めた国内の小売店は横ばいが年単位で続くことでしょう。(2010/06/22)

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