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父と祖母と、時々、稲盛さん

ワタベウェディング社長。3人の“経営の師”

2010年7月13日(火)

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 2008年の正月、父の渡部隆夫に呼ばれて、半年後に社長交代する方針を突然、告げられました。それまで、生まれてこの方、父から事業を継げと言われたことは一度もなかったし、経営者になる覚悟などまるでできていなかった。すぐに「まだ社長になるには早い」「自信がない」と言おうとしたのですが、父は「そういうことだから」と言うだけで、聞く耳を持たないんです。

父の有無を言わさぬ“電撃引退”

渡部 秀敏(わたべ・ひでとし)氏
1966年京都府生まれ、43歳。89年、駒澤大学経営学部卒業後、第二電電(現KDDI)入社。92年、ワタベウェディング入社。オーストラリア、米ロサンゼルス、ハワイなど海外挙式事業の立ち上げに携わる。ハワイ支社長、取締役海外挙式事業本部長、取締役営業統括担当 兼 デスティネーション挙式事業本部長などを経て、2008年6月、父・隆夫氏の後を継ぎ、社長に就任。ワタベウェディングは1953年創業。現在、従業員数553人、売上高520億円(2010年3月期)。東証・大証1部上場。(写真:菊池一郎)

 準備期間がほとんど与えられなかったうえに、父は「この機会に代表権も返上し、取締役も退任する」と言う。普通は、「院政」なり「連座制」を敷いて新社長が慣れるまで見守るとかいろいろ配慮があるじゃないですか。それがいきなり引退ですからね。

 そりゃあ、僕は渡部家の長男ですから、「遠い将来、いずれは自分が社長になる日が来るかもしれない」と全く思わなかったわけではありません。ただ、“その日”がこんなに早く来るなんて思いもしなかった。

 ワタベに入ってから十数年の間も、目の前の課題を乗り越えるのに精一杯で事業承継を考える余裕なんてなかったし、「父の後任も、できれば僕以外の人で何とかならないかなあ」と思っていました(笑)。会社に入ってからも、父から後継者として扱われたことはほとんどありません。

 ただ、帝王学などを直接授けられた記憶はありませんが、今にして思えば、幼いころから父は、言葉でなく“背中”で、経営の本質や経営者の責任を僕に教えてくれたように思います。

 1945年、復員兵が帰国し結婚ブームが起きたこの年、祖母の渡部フジが自分の花嫁衣装を近所の人々に無償で貸し出した。それが、渡部家の事業の始まりでした。善意のボランティアを続けること8年を経て誕生したのが、現在のワタベウェディングの前身、貸衣装屋「ワタベ衣裳店」です。

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「父と祖母と、時々、稲盛さん」の著者

荻島 央江

荻島 央江(おぎしま・ひさえ)

フリーランスライター

2002年からフリーランスライターとして活動。現在は「日経トップリーダー」や「日経メディカルオンライン」などに執筆。著名経営者へのインタビューや中小企業のルポを得意とする。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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