「明治の男に学ぶ中国古典」

日本の民主主義には「仁」の精神がなくなってしまった?

渋沢栄一を経てグローバル化した『論語』の旅をたどる〈5〉

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2010年7月16日(金)

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 渋沢栄一は、設立にかかわった会社が約470社あり、主な所だけを挙げていっても、次のようになります。抄紙会社(のちの王子製紙)、東京海上保険会社(のちの東京海上火災)、日本郵船、東京電灯会社(のちの東京電力)、日本瓦斯会社(のちの東京ガス)、帝国ホテル、札幌麦酒会社(のちのサッポロビール)、日本鉄道会社(のちのJR)…。

 さらに、かかわった社会事業は600団体前後あるともいわれ、やはり有名どころを挙げると次のようになります。東京商法会議所(のちの東京商工会議所の前身)や、東京株式取引所(のちの東京証券取引所の前身)、東京市養育院、東京慈恵会、日本赤十字社、聖路加国際病院、一橋大学、神戸大学、早稲田大学、二松学舎大学…。

 知れば知るほど、近代屈指の偉人の一人だと思い知らされる活躍ぶりですが、しかし、その割に一般的な知名度はいま一つな面があります。

 たとえば筆者が、さる大企業の研修にうかがったさい、こんな経験をしました。渋沢栄一関連のネタを挟みつつ『論語』関連の講義をして、終わった後に懇親会に出席すると、出席者の一人からこう言われたのです。

 「いやー、渋沢栄一ってはじめて聞きましたが、すごい人なんですね」

 よくよく話をうかがうと、その人は理系畑を歩んでいて、そもそも歴史にほとんど興味がなかったとのこと。確かに、立場を変えて考えてみれば、こちらだって理系の知識は「サイン、コサイン、タンジェントって何だっけ」と思ってしまう程度の理解力しかないので、どっこいどっこいの話なのかもしれませんが…。

 しかし、それにしても活躍の度合いに比べて、知名度が低過ぎると思えてならないわけです。一体なぜこうなってしまうのか…。

 まず考えられるのは、その名前が冠せられる象徴的、かつ派手な団体や事象に乏しいことがあります。坂本龍馬といえば、「海援隊」に「薩長同盟の仲介」。吉田松陰といえば「松下村塾」。岩崎弥太郎といえば「三菱グループ」。福沢諭吉といえば「学問ノスゝメ」に「慶応義塾」。では、渋沢栄一といえば、「第一国立銀行?」「東京市養育院?」……どうにも渋いし、現在では残っていない名前ばかりなんですね。

一つのストーリーに収まりにくい活躍をしたせい

 それともう一つはテレビドラマ、特に大河ドラマで取り上げられていないことが、知名度の低さにつながっているという説もあります。実はこれには大きな理由がありまして――筆者自身も渋沢栄一記念財団の方々に、その理由を教えて頂いたのですが――一言でいえば、

 「あまりに多方面に活躍し過ぎていて、伝記を作成しようとしても収拾がつかなかった」

 ということになるようです。

 実は渋沢栄一には『雨夜譚』(岩波文庫)という自叙伝があるのですが、しかし、これは栄一が大蔵省を辞める時点で終わっていて、肝心の実業人となってからの活躍が記されていないのです。続編を作る動きもあったようですが、残念ながら、完成には至りませんでした。

 では、単に資料を駆使して作ればいいじゃないか、という話になるのですが、ここにかかわってくるのが、冒頭に挙げた話。栄一がかかわった企業の数は、約470社。社会団体は600前後。他にもアメリカや中国への親善活動、タゴール、孫文、蒋介石、グラント大統領との交友…。当然、その過程でかかわった人物や事柄、事件は、とんでもない数に膨れ上がっていくわけです。

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著者プロフィール

守屋 淳(もりや あつし)

1965年東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。大手書店勤務を経て、現在は中国古 典、主に『孫子』『論語』『老子』『荘子』『三国志』などの知恵を現代にどのように活かすかをテーマとした執筆や企業での研修・講演を行う。著書に『心をほぐす老子・荘子の教え』(日本実業出版社)、『「論語」に帰ろう』(平凡社)、『「勝ち」より「不敗」をめざしなさい』(講談社)、『孫子・戦略・クラウゼヴィッツ―その活用の方程式』(プレジデント社)ほか多数。訳著に『現代語訳論語と算盤』(ちくま新書)。講演CDに『幕末・明治の英傑に学ぶ』(日経BP社)。『渋沢栄一の「論語講義」』守屋淳編訳 平凡社新書。著者ホームページはこちら



このコラムについて

明治の男に学ぶ中国古典

渋沢栄一、秋山真之、岡倉天心ら明治の偉人たちは『論語』『孫子』『老荘思想』などの中国古典を体得し、自らの活動の糧としていました。こういった中国古典が日本にどう定着していったのか、そしてそれらが明治の偉人たちにどう受け入れられ、どのように世界へ広まっていったのかを彼らを軸にして描きます。

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