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裸の王様のカラオケ民主主義論

――「ネット選挙解禁」前に音楽家が指摘せねばならないこと

2010年7月20日(火)

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 前回(「タコに当落予想されてたまるか!」)、予想以上に多くのコメントを寄せていただきました。ありがとうございます。その中にも正しくご指摘をいただきました通り、ワールドカップの勝敗を予想する「タコのパウル君」の話、実際には「ネット選挙」を考えるうえでのイントロとして考えているものです。

 今回は、前回より一歩進んだ内容を「裸の王様」と「カラオケ」をキーワードに考えてみたいと思います。前半は先週木曜日(7月15日)東京新聞の夕刊に書いた内容を、紙幅に余裕がありますのでもう少し膨らませ、後半はその「上の句」に対する「下の句」をカラオケで詠んでみよう、という考えです。

公職選挙法は「裸の王様」か?

 既にこの連載でも指摘したことですが、現行の公職選挙法にはインターネットなど新しい情報メディアに特化した規定がありません。その結果、選挙戦でネットは「あたかも存在しない」かのように扱われています。選挙期間中は更新しない、させない。それでよいことにしていますが、実際には相当数の有権者が、自分の選挙区の候補者に関する情報をネットから得ていると思います(少なくとも私はそうでした)。

 この状況はどこか童話「裸の王様」を思い出させます。有名なこの童話は皆さんご存じかと思いますが、一応あらすじを記しておきましょう。

 ずる賢い詐欺師に騙され、衣装道楽に飽きている「王様」は素晴らしい「目に見えない生地で作られた服」を着ていると思い込みます。実際にはパンツ一丁で歩いているのに、大人はみな調子を合わせて褒めそやかす。そんな中で正直な子供だけが「王様は裸だよ」と指摘する。

 以前も記しましたが、公職選挙法第十三章には「選挙運動」として許される活動が詳細に規定されています。選挙事務所数の制限、戸別訪問禁止と並んで「文書図画の頒布、掲示」「ポスターの数」「新聞広告」「政見放送」などが定められていますが、注意すべきはその制限の仕方です。

 現行の公職選挙法は20世紀中盤までの法律の考え方で作られていて、実は情報メディアという観点からは、率直に書かせてもらえばお話にもならない代物です。パンフレットや書籍、ポスターなどは「数」で制限されます。選挙戦での文書や掲示で重要なのは候補者や政党に関する「情報」ですが、こうした古典的な情報は紙などの物質と不可分で「何センチ以下のポスター」「何枚以内」といった形でルールが定められています。

メディアが変われば、ルールも変わる

 これと比べる時、テレビやラジオの「政見放送」はやや趣きが異なっています。同じ放送を行っても、テレビやラジオなど受信機によって、見る人の数も受信状況も異なります。ポスターなら何センチ以内と指定できますが、各家庭にあるテレビの大きさはまちまちだし、どこにどれだけテレビやラジオが存在するか選挙管理委員会には分かりません。個人の自宅の受像機の大きさなど、選管が手を突っ込む筋合いのものでもないでしょう。

 そこで公職選挙法は情報の送り手、具体的には放送局向けにルールを定めるわけです。放送局はすべての候補者に対して、同一放送設備を使用し、同一時間数、同等の利便を提供しなければなりません。受信側はまちまちでも送信側でコントロールできるという考え方ですね。しかしこれも、実は選挙公報でのテレビコマーシャルの解禁によって状況は変質しているのですが、国も選管も何を知ってか知らずか、これには触れずということにしているようです。

 しかし「紙→放送」以上に話の土俵が根本的に異なるのがインターネットの世界です。ウェブサイトの情報は、言わば利用者が閲覧(アクセス)するたびに、「新しく印刷」されるような形で各家庭、各人のコンピューター画面上で生成されるので、ポスターのような枚数制限は不可能です。

 また、放送法・電波法などでコントロールが可能なマスコミュニケーションと違い、現在のブロードバンド・インターネットは言わば「万人が万人に対して放送局」として活動できる状況になっています。

 「ニコニコ動画」や「YouTube(ユーチューブ)」のように、今、候補者がインターネット上に政権放送のビデオクリップを置いたとしましょう。興味のある有権者は、何回でも、いくらでも、これを視聴し続けることができます。また、人気のない候補者は、再生して見られる回数が限りなくゼロに近いということもありえるでしょう。これをどうやって現行公選法の「できるだけ同じ放送状況」の考え方で整理できるでしょうか・・・?

 結論を先に言いましょう。できません。不可能です。情報を載せているプラットホームが大本から全く違うので、そういった20世紀の遺物では、整理することなど不可能なのが、原理的に明らかです。

コメント6件コメント/レビュー

この問題に主体的に関わろうとする人たちは、これを自分に有利に組み替えたいというインセンティブを持つでしょう。  客観的に「良い」方法にしたい場合、それなりの浸透力のある市民活動が不可欠だと思われます。  そういう活動をしないといけないな…(2010/07/20)

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この問題に主体的に関わろうとする人たちは、これを自分に有利に組み替えたいというインセンティブを持つでしょう。  客観的に「良い」方法にしたい場合、それなりの浸透力のある市民活動が不可欠だと思われます。  そういう活動をしないといけないな…(2010/07/20)

一部のネット愛好系政治屋が言うような「全面解禁(何でもあり)」には、記事にあるような危険性があるのは判ります。悪意を持っていわゆる怪文書をDDOS的にスパムで送りつければ不買運動ならぬ不投票行動になりかねませんが、全面ではなく「一部解禁」とするならば、やはり今の法令同様「禁止事項の列挙」とせざるを得ないという悪い意味での再帰法となってしまうことも懸念されます。先日、TV番組(曖昧な記憶では、昼過ぎの毎日放送)で落選した候補者が「公職選挙法は当選した人たちが作った法律」だと言って批判していました。確かにそうです。法学部時代に教授から言われたことを思い出しました。「泥棒は刑法を作らない。」(2010/07/20)

サイバーテロやサイバー軍という鍵語が出ているので、ネット選挙解禁がはらむ危険性は、主要部は続編になるとしても、想像はできる。サイバー軍から、さらに、サイバー戦略という発想に立つと、例えば、現時点で日本に対し敵意はなくても、また、何らの競合関係がなくても、将来への保険として、いざというときに(自国から)制御しやすいシステムを導入するよう議論の誘導を図ることはありえるだろう。してみると、ネット選挙をいずれは解禁しなければならないとしても、事前の準備や、第三国からの介入を防ぐOSやその管理など、極めてややこしい問題があることもわかる。カラオケの特質に見るような技術的な問題もさることながら、日本という国の統治の体制を将来にわたってどう設計し、そのことをどう担保するか、しかも、ことがらが、そういう根幹に関わる判断を委託される人たちを選挙する上での不可欠な情報流通の公正性の保障なのだから、憲法論議さえも不可欠な根源的な議論をしなければならないのではないか。(2010/07/20)

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夢の実現にあたっては強く「念ずる」。そうした心構えを支えにビジネスの世界の荒波を渡ってきました。

後藤 忠治 セントラルスポーツ会長