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“市場価値”を悟ったエリートの悲哀と希望

40代と50代を隔てるタイムリミット

2010年7月22日(木)

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 世の中で最も怖いことの1つに、自分を知る、ことがある。自分の市場価値、と言い換えてもいい。

 「長いこと1つの組織でずっと過ごしてくるとね、だんだんと自分の市場価値みたいなものが分かってくる。まぁ、40代後半から何となくそれは分かってくるんですけど、まだね、その時はかすかな光みたいなものが見えるわけ。でもね、さすがに50代になるとそれが全く見えなくなる」

 「可能性がなくなるっていうのは、結構しんどい。気がつくと組織にしがみついている自分がいてね。若い時にはそういう上司たちを見て、格好悪いなぁと思っていたのに。トホホですね」

 先日、経営者層を対象に「生きる力の強い部下の育て方」なるテーマで講演した後の懇親会で、大手広告代理店の部長という男性が苦笑しながら、こう漏らした。

 「可能性がなくなるっていうのは、結構しんどい」とは、どうやら出世も含めた自分への可能性を言っているようだった。「ひょっとしたら部長くらいで終わってしまうかも」というのと、「これ以上は到底無理。部長止まり。役員にはなれない」というのとでは明らかに違う。限りなくクロに近いグレーが、完全なるクロだったと悟る年齢。それが50代、ということなのか。

 「40代の頃にはね、全く感じることのなかった感覚ですよ。50代になるとね、どういうわけか自分に自信が持てないことが多くなる。何ですかね、これって。こういうことって普通なんですか? 部下に“お前ならできる!”って言葉をかける前に、僕が誰かからかけてもらいたいよね~。“お前ならできる!”ってね」

 「人間の働きのメカニズムの中で、自分を信じることほど、大きな力はない。“お前ならできる!”と、自信を持てない部下の背中を押してやってください」。私が講演で話したことに対して、その男性はこう言った。

 私はまだ40代だし、1つの組織にずっといたことはないので、彼の気持ちの真理をまだうまく理解することができない。でも、「自分の市場価値はたいしたことがない」と気がついた時の、やるせなさ、だけはよく分かる。

幼なじみが教えてくれた“市場価値”

 3年ほど前、幼なじみの編集者に「今のままじゃ、B級の文化人だ」と言われたことがあった。

 確かに知名度も、経験も、まだまだ未熟。そんなことは言われなくても、自分だって分かっている。だから、「うわぁ、正直なこと言うなぁ。幼なじみはさすがに容赦ないなぁ」と図星ゆえに戸惑いながらも、彼女の指摘に納得した。

 ところが、その後に彼女が続けた言葉で、その納得感は言いようのない、やるせなさに変わった。

 「○×さんとかは、やっぱりコメント上手いし、人気もあるでしょ。ああいう風になってほしいんだよね」と。

 ○×さん……。よく情報番組にも出ているコメンテーターだ。でも、「偉そうなこと言ってるけど、何者でもないじゃない」と私が思っていた人物だった。

 何も世間から評価されるために働いているわけではない。だが、世間からの評価でしか、自分の価値を見極めるのは難しい。幼なじみの“〇×さん発言”は、私の市場価値を測る1つの目安になった。

 B級どころか、何者でもない人、以下なんだ――。

 そんな自分の“市場価値”にショックを受けた。当時、既に健康社会学者としての講演やら、講義やら、連載やらが、ちらほら増え始め、少しずつではあるけれど、自分の存在価値が世間で認められ始めた実感があった。それだけに余計に戸惑った。

 ただ、「まだまだこれから経験を重ねて……」と思えたので、「くそ、やってやる!」と何とか悔しさをエネルギーに変えることができた。冒頭の男性の言葉を借りるなら、「かすかな光」みたいなものが見えたから、「やってやる!」と思えたのだろう。

 これが40代と50代の差なのかもしれない。

コメント57件コメント/レビュー

30歳男性です。本文、コメント含めてどのように自分で消化するか悩みましたが、自分の周囲の人もそういう考えを持つことがあるのかもしれない(あくまで一つの考え方として)、という形で落とし込もうかと思います。ただ、そのように感じてる中高年の方々に一つだけ無礼を承知で申し上げると、「自分が可愛そう」で終わって頂きたくないと切にお願いいたします。(2010/08/23)

「河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学」のバックナンバー

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「“市場価値”を悟ったエリートの悲哀と希望」の著者

河合 薫

河合 薫(かわい・かおる)

健康社会学者(Ph.D.)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。産業ストレスやポジティブ心理学など、健康生成論の視点から調査研究を進めている。働く人々のインタビューをフィールドワークとし、その数は600人に迫る。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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30歳男性です。本文、コメント含めてどのように自分で消化するか悩みましたが、自分の周囲の人もそういう考えを持つことがあるのかもしれない(あくまで一つの考え方として)、という形で落とし込もうかと思います。ただ、そのように感じてる中高年の方々に一つだけ無礼を承知で申し上げると、「自分が可愛そう」で終わって頂きたくないと切にお願いいたします。(2010/08/23)

人は何歳になっても新しいことに挑戦できる生き物。挑戦できなくなったら、社会的な死を迎えたといっていいと思う。挑戦できるということは失敗を許される環境にいられるということ。今の日本社会は、失敗を極度に嫌う性質が強い。揚げ足取りや後出しじゃんけんの様な叱責など、目に余るものも多い。共同体の秩序が維持されていなければならないという点は理解できるが、同じ方向を向いた人たちばかりで構成されていて、性向多様性があまりになさすぎる。秩序は変化を嫌うが、それは変化に弱いからだ。常に保っていなければならない。そのために膨大なエネルギーが要る。時流に乗っているときならそれでも、変化に迫られるリスクは少ない。公教育を受ける成長期に良い時流の中にいた世代は、安定した成長が前提の価値観で考えがちになる。いま世界を動かしているルールの中での発展はひとつの方向に多くの力を投入することで達成された事は明白だ。だがルールが変わった。型にはまったからこそ与えられた評価は、その軸が変わってしまった。変わったことには気がついた。しかし、どうすれば対応できるかを考えられるだけの見識、視野を持っていない、そしてどう対処してよいかわからない。守りに入る。しがみつく。今の立場を最大限利用して。しかし、現場で働く人を誰も責められない。そんな教育は受けていないのだから。すべては政治の無策。人は人が作るもの。人は努力によって人に成るのであって、自然と出来上がるものではないのだから。(2010/07/31)

本コラムの対象者は、現在50歳前後。団塊の世代とは違う。彼らは定年まで自分の市場価値など気にせずに良かった。定年後濡れ落ち葉とか言われて自分の場所を見失っているオヤジは、その世代のものだ。我々はそうならない自覚と自信がある。30~40代の”できる”社員が、我々を疎ましく思っているのも充分にわかる。何故なら僕らも30代のときそうだったから。でも50になれば君にもわかるよ(笑)。派遣切りと一緒に語っている人がいるが、全然違う。確かに我々の世代は、今の20代の人にくらべてラッキーだったかもしれない。でも仮に今自分が20代だったとしても、派遣切りなどに絶対合わない自信はある。同期の入社でも係長どまり、課長どまりの奴らは一杯いる。部長まで来てあとは役員か、なんてのはごく一部だ。仮に時代が違っていたとしても、派遣切りにあうのは、まずそういう(係長どまり、課長どまりの)奴らだ。自分の市場価値を冷静に見れる人間はそうはいない。これは、そういう人限定のコラムだ。(2010/07/27)

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井上 礼之 ダイキン工業会長