「激走!ベンチャー・スタジアム 〜僕の楽天イーグルス創業記〜」

【2回表】 新球団誕生、ファンになってもらうにはどうすればいい?

企画は常に“誰のためか”を考える

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2010年7月28日(水)

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 2004年11月2日。ライブドアとの激しい新規参入レースを制し、晴れてプロ野球球団「東北楽天ゴールデンイーグルス」が誕生しました。

 最初の大きな関門を突破し、歓喜に沸く楽天イーグルス創業メンバーですが、それも束の間、この後、次々と難題が降りかかってきます。特にメンバーが苦心したのが、楽天イーグルスにいかに愛着をもってもらうかという点でした。

 楽天イーグルスが、より多くのファンに愛される球団になるために、まずは、楽天イーグルスを知ってもらわなくてはなりません。同時に、世間や球界関係者が持つ「新しい風を吹かせてほしい」「健全経営の模範になってほしい」という期待に応えなければならない、という難しい課題を抱えていました。

 真新しさや奇抜さだけではなく、短期的にも、中長期的にも継続する収益面も考えた企画や仕組みを考えること。その具体的な戦術を練ることが、南壮一郎氏らメンバーに課せられたミッションでした。

 これに対して、南氏は次々とヒット企画を立案していきます。「キッズデイ」「ミスターカラスコ」「ジュニアチアリーダー」「フィールドお泊り会」など、他球団がその後、似た企画で追随したものも少なくありません。

 今回は、これらの企画を紹介しながら、彼の「企画の作り方」に対する考えを見て行きましょう。

日経ビジネスオンライン編集部

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 球団の立ち上げに駆け回る中、当時スタッフの間では「3重苦」と呼んでいた3つの課題がありました。

 1つは、地元の反応です。

 実は、新規参入が決定する前から、仙台では楽天よりもライブドアが圧倒的な人気を誇っていました。というのも、ライブドアはプロ野球球団への新規参入を表明した際に、真っ先に仙台をホームにすると発表していたからです。

 当時、様々な話題を振りまいていた堀江貴文社長の人気もあり、楽天は相対的に影が薄くならざるを得ませんでした。その影響は、楽天の新規参入が決まった後も続いていました。

 この逆境をはねのけて、地元から愛される球団を作ることが、重要なミッションでした。

地元に愛されるチームを目指した

 2つ目は、新規参入する球団として寄せられた期待の高さです。球界に新しい風を吹かせるだけではなく、近鉄バファローズが消滅した理由となった「健全経営」を期待されていました。

 最後の課題はメディアとの関係でした。当時、新聞やテレビは連日、楽天イーグルスの新規参入に関する話題を報道していました。我々の一挙手一投足がメディアから常に注目されていたのです。

 多くのメディアに注目されることは、喜ばしいことではあるのですが、半面、出る杭は打たれるという面があるのも否めません。ちょっとしたミスで足元をすくわれないように気を引き締めながら、作業を進めていく必要がありました。

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著者プロフィール

蛯谷 敏(えびたに・さとし)

2000年、日経BP社入社。通信業界誌『日経コミュニケーション』記者を経て、2006年より日経ビジネス記者。情報通信、ネット、金融、不動産、政治、人材など色々担当。「一極集中」から「多極分散」へと移り変わる様々な事象をテーマに日々企画を考えている。

南 壮一郎(みなみ・そういちろう)

南 壮一郎 ビズリーチ代表取締役。1976年生まれ。1999年、米・タフツ大学数量経済学部・国際関係学部の両学部を卒業後、モルガン・スタンレー証券東京支店に入社。投資銀行部においてM&Aアドバイザリー業務に従事する。その後、香港・PCCWグループの日本支社の立ち上げに参画し、日本・アジア・米国企業への投資を担当。2003年、株式会社S-1 スポーツを自ら設立し、日米のスポーツ関連企業に対し、戦略コンサルティング業務を行う。
 2004年、楽天の三木谷社長に直談判し、楽天イーグルスの創業メンバーとなる。GM補佐、ファン・エンターテイメント部長、パ・リーグ共同事業会社設立担当などを歴任し、初年度から球団事業においては不可能とされていた黒字化成功に貢献する。
 2007年、株式会社ビズリーチを設立し、代表取締役に就任。年収1000万円以上の転職市場に特化した、日本初の個人課金型・転職サイト「ビズリーチ」を運営。現在は、ジュビロ磐田のアドバイザーも務める。Twitterのアカウントはswimmym。8月4日から、割引クーポン共同購入サイト「LUXA(ルクサ)」を開始した



このコラムについて

激走!ベンチャー・スタジアム 〜僕の楽天イーグルス創業記〜

 楽しいシゴトは、自分で作る――。本連載は、これからの日本を背負う、20〜30代に向けたエールです。どこを向いても元気のない状況の中、次代を担う若い世代の仕事に対する意欲の低さを危惧する声が、しばしば指摘されています。でも、本当にそうでしょうか。つぶさに目を凝らせば、意識の高い人は、あちこちで活躍しています。
 本連載の主役は、そんな志を持つ1人のベンチャー経営者です。ジェットコースターのような彼の体験を追いながら、活力ある若手経営者の奮闘ぶりをご覧ください。自分の夢を内に秘めている人、何か新しいことを始めたくて、ウズウズしている人には、何かが響くはずです。

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