前回までのあらすじ
老舗 大日本鉄鋼に旭山隆児(あさひやまりゅうじ)が呼び戻され、第三企画室が設置され1年が過ぎようとしていた。独立した新会社オルタナティブ・ゼロで働くのは、第三企画室室長 風間麻美(かざまあさみ)と次長 楠原弘毅(くすはらこうき)のふたり。本社管理部日枝が伝えたニュースに、3人は重大な決断を下そうとしていた。
【登場人物の紹介はepisode:zeroをどうぞ】
空は文句のつけようがない快晴。
誰が聞いてもハーレーだとわかるエンジン音を轟かせて、颯爽とやってきたハナちゃんが第一声をあげた。
「よかったぁ〜、ほんとに晴れた。わたし雨女だから、マジ、心配してたんですけど」
暑くなりそうだ。でも、午前11時の茅ヶ崎は、松林を越えて心地よい海風が吹き始めたところだ。
弘毅くんは信用金庫の団扇をバタバタさせて、バーベキューの炭を熾(おこ)している。
「火を熾すにはちょっとしたコツがあるんですよ」なんて、得意気に蘊蓄(うんちく)をいうけど、ネットのアウトドア・サイトで調べたにわか知識だってことはバレている。紙だけでやっていたときにはモクモクと白い煙ばかり出ていた。それを諦めて、ほんの少し前に着火剤を使ったのを見た。上司の目はごまかせない。
でも、最悪の事態を免れるために、きちんとバックアップの方法を用意した上で、チャレンジをする。今日の彼の仕事の進め方は、上司としてそれで満点をあげられる。
「風間さん、今日は絶対飲み過ぎちゃだめですよ。社長なんですから」
憎たらしいことをいうヤツだけど、彼には酔っ払って何度も迷惑をかけている。はい、気をつけます、とここは秋の稲穂のように頭(こうべ)を垂れる。
受付のテントに「唐沢町商工会」とあるのはご愛敬。近所の商店街からの借り物だ。
「そろそろ料理届くからテーブルクロス用意しといて」
ケータリング会社は使わない。
井上精肉店から、コロッケ、メンチカツ、それに特上の焼き豚。鳥保から定番の鶏の唐揚げと焼き鳥各種。八百春から、茹で野菜と地元で採れた冷やしトマト(ドレッシングは料理スタイリストをしているお嬢さんの特製)。銀天楼からは、春巻と玉子チャーハン。
全部、地元の商店街に注文して並べて貰っている。もちろん料理のテーブルには店の名前を大きく表示してある。それぞれの大皿の脇には、それぞれオリジナルデザインの名刺大のショップカードも添える。
このあたりの発案は広報宣伝担当のハナちゃんだ。
まず、お仕着せの既製品ではなく一品一品手作りをする会社だから、そのイメージとマッチすること。そして、会社に足を踏み入れやすい空気を作ること。最後に、地域社会との融和だ。
商店が建ち並ぶ通りからは2ブロックほど離れているけれど、突然、松林の中にできた掘っ立て小屋に、入れ替わり立ち替わりオートバイや車が出入りすることになる。地元に警戒感ができないように、地元と交流をする姿勢を明確にしていくことが、ビジネスのリスク回避の上でも重要だと考えたのだ。
商店会と仲良くしておくことは、まさに一石三丁というわけだ。
商店会のオジサンたちとの交渉は、長身の美女、ハナちゃんが直接に出かけていくことで、一発でうまくいった。
さっそくこちらも商店会に加入して、8月の盆踊り大会の寄付をした。社名の入った提灯が矢倉に並ぶ。浴衣を着て従業員総出で参加する。
勝手に作っていったショップカードはもちろん大好評だ。
ずっと店で使いたいからもっと欲しいといわれたので、同じ商店会の印刷屋さんで印刷できるように、そちらにデータをわたし、印刷屋さんからは売り上げの10パーセントをもらうことにした。専用の注文票まで用意してある。
わずかな額だけれど、そうして、みんなのお金が動き、関係ができていくことがビジネスでは重要なのだ。
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