• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

感情を切り売りする時代がもたらす苦難

“神様”の奴隷になって疲弊しないために・・・

2010年8月19日(木)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 滑り台の滑り心地は、最高だったことだろう。何しろ缶ビールを片手にすべてを放り出して、一気に地上まで滑り降りたのだから……。

 飛行機の扉から地上までって、結構高さがあるので滑りがいのある距離なんですね、これが。

 機内に響き渡る大声で「やっていられるか!」と叫んだ後に緊急脱出。誰もがやりたくてもできないことを、スティーブン・スレーターなる男はやってしまったのである。

ヒーローとなった“脱出男”

 先週のことだ。米国の格安航空会社、ジェット・ブルー航空の男性客室乗務員だったスティーブン・スレーターは乗客と口論の末、緊急脱出用のシュートを作動させて機内から滑り降り、警察に逮捕された。テレビなどで報じられたのをまだ覚えている方も多いだろう。

 米ニューヨークのケネディ国際空港に着陸した際、機体が完全に停止する前に荷物を取り出そうとする乗客に着席を指示したところ、乗客は従わず荷物がスレーターの頭に当たった。謝罪を求めたが逆に暴言を吐かれ、口論となった。

 そこでスレーターは、ドアサイドまで歩いてマイクを持つと、「尊厳と敬意を持って搭乗された皆さん、ありがとう。この仕事を20年以上やっているが、もう、うんざりだ!」と機内アナウンスで叫び、脱出用シュートを開いて缶ビールを手に持ちながら滑り降りて、自宅に帰ってしまった。それで器物損壊の容疑で御用となったのである。

 事件後、米ヤフーのサイトで「jet blue flight attendant」という検索ワードがトップとなり、「確かに最近の乗客はひどい。客室乗務員は乗客の奴隷じゃないんだ」と彼に共感する人たちが相次いだ。その数は3万人を超えたとか。スレーター容疑者は一躍、ヒーローとなったのだった。

 その後、「悪態をついていたのは彼の方だった」と同じ便に乗っていた別の乗客がコメントしたり、「こぼれているコーヒーを拭いてくれ」と頼んでも、「あ~後で後で」と言うばかりで彼は何もしなかったなどなど、「ヤツはヒーローなんかじゃない!」と反撃する人も出てきた。

 まぁ、スレーター本人は何を言われようとも、きっと関係ないと思っていることだろう。何しろ非常脱出用のシュートを滑り降りた時の気分は「最高!」だったのだから。

 私が客室乗務員をやっていた頃にも、客室乗務員を奴隷とまでは言わないが、“下僕”くらいに思い込んでいる困った乗客がたまにいた。不思議とそういう乗客は繁忙期の満席の時に“出現”する。

 乗客が少なく、「今日はお客様に至れり尽くせりのサービスができる」とこちらが意気込んでいる時ほど、乗客はワガママ一つ言わずにおとなしい。機内に乗り込むや否や、自分で荷物を片づけ、静かに食事を召し上がり、まるで睡眠薬でも飲んだように、ぐっすりとお休みになる。

 ところが満席になると、「スッチャーデスさん、荷物上げて」「スッチャーデスさん…マンガない?」「スッチャーデスさん、アイスクリームとかないの?」などと、あっちからもこっちからも手が上がり、挙句の果てには「ネエちゃん、ちょっとちょっと」と手招きされ、エプロンのポケットに勝手にゴミを入れられる、なんてこともあった。

 これもサービス業の宿命と言ってしまえばそれまでなのだが、人が多くなればなるほど、乗客はワガママになっていく。

 大衆の心理とでも言うのだろうか。「言わなきゃ損」みたいな気持ちが強まるのかもしれないし、人が多くなると物理的な圧迫から余裕がなくなり、ストレスのはけ口が客室乗務員に向けられるのかもしれない。あるいは、お客さんが多くなるとサービスする側に余裕がなくなることが影響するのか。

氾濫する「お客様第一主義」

 これは客室乗務員に限らない。様々な業種で多くの人が傲慢な客の態度に困惑させられているはず。何しろ今やほとんどの業種が何らかの形で顧客に対面する機会を持っているのだから無理もない。

 モノが溢れた成熟社会では、すべての産業がサービス業化してくると言われるが、自動車、金融、建設など、ありとあらゆる産業で「お客様第一主義」なるものが掲げられている。

 病院ですら「患者様」と呼び、お客様第一主義をアピールする。かつてはテクノストレスという言葉まで生み出したIT(情報技術)業界でも、顧客と対面することが仕事の一部となり、「お客様を大切に!」という企業理念を掲げているのだ。

 米ニューヨークの大衆紙「デイリー・ニューズ」(電子版)がスレーター騒動の直後に行った調査でも、「『もう十分だ!』と叫びたいと思ったことがあるか」との質問に、回答者の9割が「イエス」と答えている。

 そこで、今回は、「お客様」について、考えてみようと思う。

コメント49

「河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学」のバックナンバー

一覧

「感情を切り売りする時代がもたらす苦難」の著者

河合 薫

河合 薫(かわい・かおる)

健康社会学者(Ph.D.)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。産業ストレスやポジティブ心理学など、健康生成論の視点から調査研究を進めている。働く人々のインタビューをフィールドワークとし、その数は600人に迫る。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

意外なことに、伝統的な観光地が 訪日客の誘致に失敗するケースも 少なからず存在する。

高坂 晶子 日本総合研究所調査部主任研究員