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ドラッカーが絶賛した渋沢栄一

渋沢栄一を経てグローバル化した『論語』の旅をたどる〈6〉

2010年8月25日(水)

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 1970年代後半から80年代にかけて、米国は不景気の真っ只中、逆に日本の方は好調だった時期がありました。その際出版されたのが日本礼賛本の数々。今読んでみると、それらの本は「外から見た、日本実業界の成功の仕組み」を見事に描写しています。

 たとえば、1981年に米国で出版された『ジャパニーズ・マネジメント』(パスカル&エイソス 講談社)には、次のような記述があります。

 《西欧に必要なものは、非神聖化し非宗教化された「精神主義」である。これにより、多くの人びとが自分の仕事に求めるか、または自分の人生に求める、文化的に受容されて初めて機能するあの内面的な意義というものに会社の上位目標は応えることができるのである》

栄一は欧米をうらやんでいた?

 ここでいう、《非神聖化し非宗教化された「精神主義」》とは何か。それは「論語と算盤」「道徳経済合一説」といったモットーの中で、渋沢栄一が日本の実業界に注入しようとした「論語」や「道徳」に他なりませんでした。実はこの点では、栄一に面白い一文があります。

 《明治維新の前までは、社会における道徳教育が比較的盛んな状態だった。ところが西洋の文化を輸入するにつれ、思想界には少なからず変革の波が起こって、今日では、道徳がひどく混沌とする時代状況になってしまった。

 今日、儒教は古いとして退けられてしまったので、現代の青年たちには十分には理解されなくなっている。かといって、キリスト教が一般の道徳の規範になっているわけでは、なおさらない。また、明治時代になってから何か新しい道徳が生まれたわけでもない。だから思想界はまったくの混乱状態で、国民はどれを信じてよいのか判断に苦しんでいるくらいだ。このため一般の青年たちも、人格を磨くことを忘れ去っているように見える。これはとても憂うべき傾向である。世界の大国がいずれも宗教を持って道徳の規範を樹立しているのに比べ、わが日本だけがこのありさまでは、大国の国民としてとても恥ずかしいことではないか。》『現代語訳 論語と算盤 』守屋淳訳 ちくま新書 以下同

 《欧米でも、倫理の学問が盛んである。品性を磨きあげよという主張も盛んにされている。しかし、その出発点は宗教なのだ。この点、日本人の心情とは一致し難い面があった。一方で、利益を増大させ、産業を興すのに覿面(てきめん)に効果のある科学的知識、つまり利益追求の学問は最も広く歓迎され、最も大きな勢力となっていった。豊かさと地位とは「人類の性欲」とでも言うべきものだが、はじめから道徳や社会正義の考え方がない者に向かって、利益追求の学問を教えてしまえば、薪に油を注いでその性欲を煽るようなもの。結果は初めからわかっていたのだ》

 栄一の方といえば、欧米には宗教を基盤とした倫理があってうらやましい、日本は明治維新で倫理の基盤が壊れてしまったので、何とかしなければならないと頭をひねっていた。そんな図式になるわけです。

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