• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

相対的わいせつとしてのサド・マゾ

――澁澤龍彦と、子供が性を「知る権利」

2010年9月7日(火)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 前回(「チャタレイ夫人は誰がどう見てもわいせつか?」)は、終戦からまだ間のない1950年代、日本国憲法の下で最初に「わいせつ」が大々的に問われた「源流」である伊藤整=デイヴィット・ハーバート・ローレンスの「チャタレイ裁判」を探訪してみたわけですが、しばらくこの「川下り」を続けてみたいと思います。

 というのも、1960年代、1970年代、1980年代の代表的裁判と言える澁澤龍彦=マルキ・ド・サド「悪徳の栄え」(1969)、野坂昭如=永井荷風「四畳半襖の下張」(1980)、そして大島渚=阿部定「愛のコリーダ」(1982)という3つの裁判を順次振り返る中で、時代に特徴的なものが浮かび上がってくるからです。さらに、そうした特徴を21世紀の今日と比較すると、思わぬ盲点も見えてくることがあるように思うのです。今回はまず「悪徳の栄え」から振り返ってみましょう。

サド裁判と澁澤龍彦

 「澁澤龍彦」(1928~1987)という名前を挙げても、最近の大学生にはピンと来ないことが多く、ちょっと淋しい思いをすることが少なくありません。明治の財界人である澁澤榮一の一族に生まれ、戦中戦後の厳しい時代を過ごした、この反骨のフランス文学者の人生については関連サイトに任せることとして、ここでは彼が被告人とされたマルキ・ド・サド『悪徳の栄え(続)』の翻訳に焦点を絞りましょう。

 サドの名前は今日でも「サディズム」「サド・マゾ」あるいは「SM」なんて表現を通じて、現代日本社会にも変に知られています。「サディズム」サド主義とは「加虐嗜好」、すなわち、ある種の虐待に快感を覚える性向を示すものですが、その名の由来であるサド侯爵の人生などは、現代日本であまり知られているとは言えません。

 フランス革命の時代を生きた貴族、マルキ・ド・サド侯爵(1740~1814)は、その特異な性向のために精神異常とされ、人生後半の大半を牢獄や精神病院で過ごしました。ちなみに「マゾ」被虐嗜好のほうは19世紀オーストリアの作家レーオポルト・フォン・ザッハー=マゾッホ伯爵(1836~1895)の名にちなむものです。

 澁澤龍彦はサドのとして世界的にも歴史的にも名高い『悪徳の栄え』(1797~1801)を1959年に翻訳し出版したわけですが、「そこに含まれる性描写がわいせつである」として告訴されたものです。

 一審では、前回取り上げた「チャタレイ裁判」の基準が適用されて、問題とされた3点のうち「1点はわいせつに当たらない」として無罪が言い渡されました。しかし第二審では逆転して有罪となり、澁澤らが上告して最高裁の判断が仰がれたものです。「悪徳の栄え」裁判は社会問題化し、サドの名も、また澁澤の名も広まりました。これによって「サディズム」という言葉が市民権を得た経緯があります。澁澤の弁護には親友だった三島由紀夫を筆頭に、多くの文学者たちが声を上げ、大岡昇平、大江健三郎、吉本隆明などそうそうたる文学者が証言台に立ちました。

 しかし1969(昭和44)年10月15日、最高裁判所大法廷は被告人の上告を棄却し、澁澤の有罪が確定します。前回の「チャタレイ夫人」以上に世界の古典である、歴史上の人物サドの手になる、高度に思想性と芸術性を持つ著作であっても、「わいせつ性を問われないことにはならない」という最高裁判断が下されたわけです。

 判決は有罪でしたが、内容は奔放な性を描いたものとはいえ、世界の古典の翻訳がわいせつ罪とされたわけですから、弁護側のみならず最高裁大法廷でも議論百出で、15人の最高裁判事の中で補足意見1、意見1、反対意見5、つまり7人が異見を提出するという異例の判例となっています。

 この中で、当時から注目を集めたのが田中次郎判事の反対意見でした。

「相対的わいせつ」という考え方

 田中判事は「相対的わいせつ」という概念を用いて『悪徳の栄え(続)』はわいせつ文書には当たらないとする反対意見が提出されました。

 確かに『悪徳の栄え(続)』の本文の中には、いくらかの「わいせつ文書」として読みうる要素が存在するけれど、この翻訳はポルノとして作られたものではなく、サド研究者として長年の蓄積もある澁澤の手になる、学術的、芸術的そして思想的な背景を持った仕事であって、これを「わいせつ」と見ること自体が偏った見方で、絶対的に「わいせつ文書」と決めつけるのではなく、もっと相対的に見る必要がある、つまり「そこに好色心をそそることに焦点をあわせて抄訳を試みたとみるべき証跡はなく、また、販売等にあたつた被告人Cにおいても、本訳書に関して、猥褻性の点を特に強調して広く一般に宣伝・広告をしたものとは認められない」として、無罪を主張しているわけです。

コメント6

「伊東 乾の「常識の源流探訪」」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

企業や官公庁の幹部のメールボックスの内容が、まるごと数十万〜数百万円で売られている事例もある。

名和 利男 サイバーディフェンス研究所上級分析官