「激走!ベンチャー・スタジアム 〜僕の楽天イーグルス創業記〜」

【6回表】 人生を変えた、ニューヨーク・メッツGMからの手紙

楽天イーグルスに出会うまでに味わった挫折、教訓、感動

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2010年10月6日(水)

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 ここまでご覧いただいてきた楽天イーグルス創業記。ところで、南壮一郎氏はなぜ、プロ野球の世界に飛び込むことを決めたのでしょうか。

 それまで在籍していた、外資系金融機関からプロスポーツの世界へ。その転身は、一見、華やかなように見えますが、決してすんなりと成功したわけではありませんでした。

 外資系金融機関を辞めた後、一時は、まったく仕事がなくなり、フットサル場の管理のアルバイトで糊口をしのいだこともありました。「何とかなる」と思っていた南氏も、不安な日々に眠れないこともあったと言います。南氏が味わった挫折の時期といっていいでしょう。

 今回は、南氏の楽天イーグルス創業メンバーとなるまでの道のりをご覧いただきます。

(日経ビジネスオンライン編集部)

 世界が注目する4年に1度の祭典、FIFAワールドカップ。今年6月の南アフリカ大会では、日本代表が決勝トーナメントに進出、大いに私たちを盛り上げてくれたことは、記憶に新しいところです。予選リーグを勝ち進む日本チームの雄姿に、感動で鳥肌が立った方も多かったのではないでしょうか。

 「鳥肌が立つような感動を届ける仕事がしたい」。

 実は、私が東北楽天ゴールデンイーグルス創業に関わる大きなきっかけを作ってくれたのも、このワールドカップでした。

忘れられない2002年ワールドカップ

 時計の針は、2002年までさかのぼります。忘れもしない、6月9日。私の運命を変えた1日でした。

 この日、私は友人と日韓共同開催のワールドカップ「日本対ロシア戦」をスタジアムで観戦していました。日本がワールドカップで初めて勝利を挙げた、歴史的な試合です。

 真っ青に染まった7万人のスタジアム。日本の勝利を信じて一心不乱に応援する日本のサポーターたち。スタジアム全体が異様なエネルギーに満ち溢れ、試合前から、私の全身は鳥肌が立ちっぱなしでした。

 1対0――。

 日本がワールドカップ史上初めて勝利を決めた瞬間、スタジアムの興奮は最高潮に達しました。熱狂の渦に包まれたサポーターは歓喜の雄叫びを上げ、感動を全身で表現していました。気がつけば私も涙がとまらず、友人も周囲の観客も、皆、泣いていました。見知らぬ人同志が抱き合って喜びを爆発させる光景が、スタジアムのあちこちで見られたのです。

 そんな、狂喜乱舞の中、ふと私は思いました。

 「果たして今の自分は、仕事の中で鳥肌が立って涙する瞬間はあるだろうか?」

 当時は、大学を卒業して、米国の投資銀行モルガン・スタンレーの東京支店で働き始めてから3年が過ぎ、今後のキャリアについて悩んでいた時期でした。

 私自身、金融機関での仕事には満足していました。企業買収や投資の仕事はスケールが大きく、ワクワクする瞬間もたくさんありました。

 しかし、仕事を通じて鳥肌が立ったり、涙を流したりすることは、ありませんでした。「何か、物足りない」。そんな思いが、胸のどこかにひっかかっていました。それだけに、ワールドカップで味わった感動が、自分の心を激しく揺さぶりました。

 「やっぱり、自分はスポーツの仕事をやりたい」。そう、強く感じた瞬間でした。

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著者プロフィール

南 壮一郎(みなみ・そういちろう)

南 壮一郎 ビズリーチ代表取締役。1976年生まれ。1999年、米・タフツ大学数量経済学部・国際関係学部の両学部を卒業後、モルガン・スタンレー証券東京支店に入社。投資銀行部においてM&Aアドバイザリー業務に従事する。その後、香港・PCCWグループの日本支社の立ち上げに参画し、日本・アジア・米国企業への投資を担当。2003年、株式会社S-1 スポーツを自ら設立し、日米のスポーツ関連企業に対し、戦略コンサルティング業務を行う。
 2004年、楽天の三木谷社長に直談判し、楽天イーグルスの創業メンバーとなる。GM補佐、ファン・エンターテイメント部長、パ・リーグ共同事業会社設立担当などを歴任し、初年度から球団事業においては不可能とされていた黒字化成功に貢献する。
 2007年、株式会社ビズリーチを設立し、代表取締役に就任。年収1000万円以上の転職市場に特化した、日本初の個人課金型・転職サイト「ビズリーチ」を運営。現在は、ジュビロ磐田のアドバイザーも務める。Twitterのアカウントはswimmym。8月4日から、割引クーポン共同購入サイト「LUXA(ルクサ)」を開始した



このコラムについて

激走!ベンチャー・スタジアム 〜僕の楽天イーグルス創業記〜

 楽しいシゴトは、自分で作る――。本連載は、これからの日本を背負う、20〜30代に向けたエールです。どこを向いても元気のない状況の中、次代を担う若い世代の仕事に対する意欲の低さを危惧する声が、しばしば指摘されています。でも、本当にそうでしょうか。つぶさに目を凝らせば、意識の高い人は、あちこちで活躍しています。
 本連載の主役は、そんな志を持つ1人のベンチャー経営者です。ジェットコースターのような彼の体験を追いながら、活力ある若手経営者の奮闘ぶりをご覧ください。自分の夢を内に秘めている人、何か新しいことを始めたくて、ウズウズしている人には、何かが響くはずです。

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