• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

「どうブレーキをかけるか」、自分をコントロールする技術

後藤 玄利 ケンコーコム社長

  • 増田 晶文

バックナンバー

2010年11月12日(金)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 後藤玄利は頑丈そうな身体をしていた。

 彼はケンコーコムの創業者でありトップだ。ケンコーコムはインターネット通販において、サプリメントや医薬品など健康関連商品を扱うナンバーワン企業で、東証マザーズ上場も果たしている。

 そんな立場にいるうえ、社名に“健康”を戴くのだから後藤が先頭をきって範を示さねばならない。

 経営者と健康――多忙とストレスに加え、社長でしか知りえず体験できない立場の重みを双肩に受けながら、心身の健全を維持し向上させることはトップの試練だろうし、反面では醍醐味でもあろう。

 ケンコーコム社長である後藤玄利の眼鏡ごしの視線はことのほか鋭い。

 「中学、高校とテニスに陸上、大学時代はアメリカンフットボールをやっていました」

 テニス、陸上競技とも地元ではなかなかの存在だった。生まれ育った大分の県や市の大会で上位入賞経験がある。

 東京大学に進学してアメリカンフットボールと出会い、「バイキングス」という同好会チームに所属、ガードとローバー役で活躍した。40ヤード走(約36.5m)を5秒前半で走っていたという。

 「スポーツにはのめりこみました。特にアメフトには打ち込みました。大学卒業後もチームのコーチを買って出たり、社会人のクラブチームでプレーしていたりしたんです」

後藤 玄利(ごとう・げんり)
ケンコーコム社長。1967年大分県生まれ。89年3月、東京大学教養学部を卒業後、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)、うすき製薬を経て、94年11月に ヘルシーネット(現ケンコーコム)を設立、社長に就任。2000年5月に健康関連サイト「ケンコーコム」を開設、2004年6月に東証マザーズ上場。NPO法人日本オンラインドラッグ協会の理事長も務める。

 そんなエピソードを語る後藤のたたずまいに、ちょっと古いけれど『巨人の星』の左門豊作を思い浮かべてしまった(なんせ私は昭和35年生まれのオッサンなんで、すみません)。

 左門は武骨にして寡黙、一徹な想いを言葉より行動で示す男だ。

 後藤がふとしたついでに、「バスや電車に乗っている間もトレーニングの一貫だという意識があって、空席があっても座らずつま先立ちしてカーフを鍛えてました」と漏らしたのも、私には響いた。『巨人の星』には、確かそういうシーンがあった。

 それにしても――後藤はこの取材を通じて、質問に的確に回答しつつも、ほとんど無駄な脱線をしなかった。こんなエピソードもまた、彼の人となりを知るヒントになりそうだ。

目的のないトレーニングは惰性になる

 ちなみに手元の資料によると、後藤の実家は痛み止めとカゼ薬で名高い「うすき製薬」だ。「良薬口に後藤散」と言えば、九州出身者なら「知ってる!」というくらいに親しまれており、当地では三代続いて愛用される家庭の常備薬だという。後藤も一時は同社の取締役に就いていた時期がある。余談ついでに書くと、後藤の父の國利は臼杵市長の任にもあった・・・だが彼は、そんな事々について一切ふれなかった。

 尋ねなかったから話さなかったのか、それとも語る必要もないということなのか。いずれかはともかく、話はほぼトライアスロンに集中した。

 後藤は大学卒業後、コンサルティングの仕事に就き、前記したように1994年から「うすき製薬」で家業を手伝いつつ、同年「ケンコーコム」の前身となる「ヘルシーネット」を創業する。当時、彼は27歳の若さだった。

 「学生時代のスポーツは身体を鍛えることが、そのまま試合に勝つことへ直結していました。目的がシンプルだった分、のめりこむ理由づけも明快でした。ところが社会人になるとコンディション管理とか健康維持という名目はあるものの、試合や大会があるわけでもないし、なかなか昔のようにはいかなくなります。いつしかトレーニングが、目的のないままに惰性になってしまっていたんです」

 当然、社会人としての経験が重なるにつれ、生活や意識の中でビジネスが占めるパーセンテージが高まり、スポーツのために費やす時間に食い込んできてしまう。

 「30代半ばくらいまでは、学生時代に鍛えた貯金で何とかやりくりできましたが、それも尽きてしまうと・・・あの頃から、1年に1cmくらいずつ、確実にベルトの穴の位置が変わっていったんです」

コメント0

「なぜ経営者は泳ぎ、漕ぎ、走るのか」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

コメント入力

コメント(0件)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

日本全体として若い世代にもっと所得の分配をしていくべきだと思う。

川野 幸夫 ヤオコー 会長