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第3話 企業経営の根本規範は何か

  • 草野 耕一

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2010年11月18日(木)

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『不毛地帯』の謎

 山崎豊子の小説に『不毛地帯』という作品がある。昨秋からテレビ放映していたのでご存知の方も多いことだろう。太平洋戦争中大本営の作戦参謀であった主人公が、シベリアでの抑留生活を終えて商社に入社し、航空機商戦や石油商戦に勝ち抜いていく姿を描いたこの小説はたしかに面白い(※1)。しかしながら、この作品を読んで私にはどうしても釈然としない点が二つある。

 第一に、この小説では主人公と彼の少数の仲間を除くすべての登場人物が醜悪としか言いようのない性格の持ち主として描かれている(※2)。しかしながら、私の知る限り国際競争の中で生き抜いている企業人の中にかくも醜悪な人格の持ち主はまずいない。仮にいたとしても、そのような人物が組織のナンバー1やナンバー2になることを許容するほど企業社会は甘くない。現実の社会がかくも悪しき人々によって支配されていると山崎氏が本当に信じているとすれば、彼女の世界観はあまりに暗いのではないだろうか。

 第二に、この小説には、登場人物の行動を企業の経営目的に照らして評価するという視点が存在しない。この点は我が国の企業小説のほとんどすべてにあてはまるものであり、この作品だけを問題にするのは少し気が引けるが、その点はご容赦いただいて筆を進めたい。

 『不毛地帯』の主人公と彼の仲間には一つの共通点がある。それは、彼らのいずれもが戦争体験を通じて深い挫折感を味わい、それでも消えぬ執念の如きものを燃やす場を企業社会に求めているということだ。もとより、そのような個人的動機によって企業活動に携わることは彼らの自由である。しかしながら、彼らの個人的目的と企業経営の目的は当然別のものであるべきだ。

 もっと具体的に言おう。

 企業は軍隊とは違う。ライバル企業との商戦に勝つことは企業にとって目的ではなく手段に過ぎない。商戦に勝つことにどれだけの意味があるのか、それは経営の目的に照らして判断されるべき問題である。

 企業は国家とも異なる。石油利権を確保することがどれだけ国益にかなおうとも、そのこと自体は企業にとって二義的な意味しか持たない。莫大なコストをかけて石油採掘事業に乗り出すことは是か非か、これもまた企業の経営目的という観点から論ぜられるべき問題である。

残余請求者としての株主

 しからば、企業経営の目的は何か。結論から言おう。それは、「株主に分配する富を最大化すること」である。後に述べるようにこの命題には一定の修正を加える必要がある。しかし、原則論として言えば、これが企業経営の目的であるべきことは現行会社法の解釈論としてはもちろん(※3)、およそ株式会社制度を設計するうえで否定することのできない基本ルールであるように思われる(※4)

 なぜ株主に分配する富の最大化が企業経営の目的であるべきなのか、その理由を一言で言えば、株主は「残余請求者(residual claimant)」だからである。

 ここで、残余請求者とは特定の資産あるいは事業から生み出される収益に関して他者への分配を終えた後の残額(もし、あれば)のみを受け取る者のことである。株主はまさに残余請求者である。なぜならば、銀行、従業員、取引先など株主以外が企業から受け取る金額は契約で定まっているのに対し、株主は、企業がこれらの者に対して負っている債務を全て支払ったうえでなお利益が残る場合にその残余利益を受け取るだけの存在だからだ。

 このように言うと株主の権利は非常にはかないものであるかのようだが必ずしもそうとは言えない。なぜならば、企業に残余利益がある限り株主は無制限にこれを受け取る立場にあるからだ。つまり、企業が株主以外の者に対して支払うべき額が契約によって定まっている限り、株主に分配される富の増加は企業が生み出す富全体の増加を意味している。したがって、(富の最大化を正義の指標とする限り(※5))経営者は株主に分配する富の最大化を企業経営の目的とすべきである。

※1 不毛地帯の主人公壹岐正のモデルは2007年に95歳で亡くなった瀬島龍三氏であると言われている。瀬島氏の業績については人によって評価の分かれるところもあるが、同氏が以下の人生を歩んだ人物であることは間違いない。(1)旧陸軍の士官学校と陸軍大学をいずれも優等の成績(前者は次席、後者は首席)で卒業した。(2)1939年11月から1945年2月まで、すなわち太平洋戦争遂行期間のほとんどすべてにわたって大本営陸軍部で作戦参謀として働き、軍の中枢を担った。(3)戦後は11年に及ぶシベリアでの抑留生活を送り、帰国後の1958年に47歳で伊藤忠商事に入社した。(4)その後伊藤忠商事において異数の昇進を重ね、1978年にはついに同社の会長となった。この経歴から推し量るに、瀬島氏は作戦参謀として培った戦略的思考を活かし企業人として成功の道を歩まれたのであろう。ただし、同氏が何をもって企業経営の目的と考えていたかは明らかでない。

※2 登場人物の酷悪さはテレビ・ドラマでは原作ほど顕著でなかった。脚本家や俳優の作品解釈を通じて人物像の「リアリティ」が高まったということであろうか。

※3 江頭憲治郎『株式会社法第3版』20頁など参照。

※4 事業の遂行は株式会社という形態を用いないで行うことも可能であり、その場合には本文で述べる議論はあてはまらない。ただし、世界各国の主要企業のほとんど全てが株式会社という形態をとっている今日、株式会社制度の優位性を否定することは困難であろう。

※5 富の最大化という正義構想を否定するのであれば、(現行法の解釈論としてはともかくも立法論としては)株主に分配される富の最大化以外のことを企業経営の目的とすることも論理的には可能である。しかしながら、会社の主たる役割は富の創造であり、そうである以上会社経営者の行為規範を考えるに際して富の最大化を正義の指標とすべきことに異議を唱える者は少ないのではないだろうか。

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