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第4話 日本的経営は歴史的使命を終えた

  • 草野 耕一

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2010年12月2日(木)

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会社法的企業観と日本的企業観

 「株主価値を最大化せよ」、それが会社法の求める企業経営の根本規範である。しかし、多くの日本人はこの主張に反感を覚えるのではないだろうか。多くの日本人が求める「正しい企業」とは、消費者に奉仕し、地域社会に貢献し、そして何よりも「社員(※1)」すなわち従業員に対して生活の基盤と生き甲斐を与える組織である。以下、このような組織を目指す経営を「日本的経営(※2)」、そのような組織を理想とする企業観を「日本的企業観」と呼び、会社法の理念に則った経営および企業観を、それぞれ「会社法的経営」および「会社法的企業観」と呼ぶことにする(※3)

 念のために言っておくが、会社法的企業観が優勢であると思われがちな米国においても企業に関わる人々の大多数にとって株主価値などはあずかり知らぬ世界の話であろう。さらに、どんなに優秀な企業経営者といえども、否、優秀な経営者であればなおさらのこと、企業に携わるあらゆる人々に福利をもたらすエクセレント・カンパニーの建設を願ってやまないはずだ。我が国が特殊であるのは、第一に、企業関係者一般ではなく、経営者自らが率先して日本的企業観を支持していることであり、第二に、彼らの多くは会社法的経営の正しさを理解したうえで更なる理想を求めてこれを克服しようとしているのではなく、ほとんどアプリオリにこれを否定して日本的企業観の信奉者となっていることである(※4)

 そこで、今回のコラムでは、なぜ日本的企業観が我が国においてかくも強固な国民的コンセンサスとなったのか、その歴史的原因を探り(※5)、それが我が国経済の停滞(まだ「衰退」ではないと信じたいのだが)に少なからぬ影響を与えていることに言及したい。本来であれば詳細な実証的資料を示して論ずべきテーマを随筆風に書き進める粗略さを予めご容赦願う次第である。

財閥の解体と傾斜生産方式の導入

 日本的経営は日本古来の文化や伝統と直接結びつく現象ではない。実際のところ、我が国に日本的企業観が広まったのは太平洋戦争後のことであり、戦前の企業経営者は株主価値の最大化にもっと重点を置いた企業経営を行っていたように思われる(※6)。なぜならば、戦前においては株式の所有を通じた企業間の支配・従属関係が明確であり、大多数の企業はコンツェルンその他の支配構造を通じて特定の株主=財閥(多くの場合、それは「同族持株会社」の形態をとっていた)の支配・管理下に置かれていたからである。

 この支配構造は終戦後の歴史の中で激変した。まず、GHQは持株会社整理委員会を発足させて財閥を解体した。この結果多数の企業が支配株主の「くびき」から解放された。さらに、戦後の我が国政府は我が国の経済が重化学工業を中心として復興を果たすべく傾斜生産方式と呼ばれる資金の管理政策を実施した。これは、企業に対する資金の配分が政府の定めた優先順位に従ってなされるように政府の規制・指導が及ぶ銀行を通じて資金を一元管理する政策である。傾斜生産方式の下で、企業は資金の調達を銀行からの借入に頼ることを半ば強制され、資金提供機能を失った株主の地位は一層低下せざるを得なかった(※7)

マルキシズムの脅威

 戦後の我が国社会が会社法的企業観を受け入れなかったもう一つの要因はマルキシズムの脅威にあった、と私は思う(※8)。マルキシズムは戦後の我が国企業社会に対して二つの問題を投げかけた。一つはマルキシズムを信奉する学生をいかにして企業社会に取り入れるかという問題であり、もう一つは急進化する労働組合との宥和をいかにしてはかるかという問題である。

 前者について言えば、労働だけが価値の源泉と信じる学生にとって資本家=株主は労働者を搾取する悪そのものであり、そのために行動する企業経営者は悪の手先であった。そんな彼らを企業の幹部候補生とするべく先輩の企業人たちは次のように語ったことであろう。「諸君が大学で習った企業と実社会の企業とは違う。我々は株主の手先ではない。企業は社員のものであり、地域のものであり、消費者のものである。我々は我が社を支える清き貧しき者たちのために働いている」(※9)

※1 「社員」とは法律上は本来法人の構成員、株式会社であれば株主を意味する言葉であり、従業員は会社法上は「使用人」と呼ばれている(同法13条など)。従業員が社員と呼ばれるに至ったことは我が国の企業文化を象徴しているだろう。

※2 日本的経営は複数の目的相互間の優先順位が示されておらず、その論理構造は曖昧というほかない(この曖昧さが魅力の源泉なのかもしれないが)。ただし、このコラムで展開する議論のためだけであれば、これを「株主価値の最大化を目的とする経営を否定する経営」という補集合的概念として把えてもらっていいだろう。

※3 「社員本位の企業観」、「株主本位の企業観」と呼んだ方が分かりやすいかもしれないが、後で述べるように会社法的企業観は株主至上主義ではない。この点についての誤解を招かぬためにこの呼称を避けた次第である。

※4 米国においても、株主利益偏重の経営を批判・弾劾する主張は昔から存在しており、このような主張を根拠付ける概念として「企業の社会的責任」ということが言われてきた。これに対して、我が国では経営者自らが日本的経営を正当化する文脈においてこの概念を唱道してきた点に留意すべきであろう。ちなみに、企業の社会的責任という言葉が我が国経済界ではじめて取り上げられたのは、1956年1月1日の経済同友会全国大会決議「経営者の社会的責任の自覚と実践」であるとされる。金沢良雄「企業責任から見た商法と経済法」(1977年)(現代商法学の課題[下]所収)参照。

※5 日本的企業観が形成された温床としてしばしば指摘されるものに安定株主の存在がある。ここで、安定株主とは敵対的買収に際して買収価格のいかんにかかわらず対象企業の経営者を支持することが期待されている株主のことである。たしかに、安定株主の存在が日本的企業観の形成を促したことは疑いないが、安定株主は経済的に不合理な存在であり、その出現自体が日本的企業観の所産であるとも言えるだろう(この点は次回のコラムで詳しく取り上げる)。つまり、安定株主の存在は日本的企業観の原因であると同時に結果でもある。ちなみに、安定株主の所有比率を示唆する「株式持ち合い比率(=上場企業によって保有されている上場企業の株式時価の時価総額に対する比率)」や「広義持ち合い比率(株式持ち合い比率に保険会社の株式保有比率を加えたもの)」(ただし、いずれも子会社株式と関連会社株式を除く)は1990年においてそれぞれ約33%および約50%であった。その後両者ともに減少傾向にあるが(2004年以降再上昇したが2008年以降再び減少傾向に戻った)、それでも2009年においてなお、11.4%および18.8%の数値を示している(野村證券金融経済研究所の調査資料による)。

※6 ちなみに、野口悠紀雄氏は日本的経営の淵源が戦時中の国家総動員体制にあると指摘される(後掲注※7『戦後日本経済史』参照)。正鵠を射た指摘であろう。

※7 本項で論じていることについて、詳しくは、西村利郎、草野耕一『国際経済摩擦と企業買収』(1989)(『国際摩擦―その法文化的背景』(日本評論社)所収、野口悠紀雄(2008)『戦後日本経済史』(新潮社)1章ないし3章など参照。

※8 その深刻さを現代の若者に理解してもらうのはなかなか難しい。一つだけ体験談を話すと、1974年に東大教養学部の教授が授業中に次のような発言をした現場に私は居合わせた。「今後10年以内にイギリスは別としても残りのヨーロッパはイベリア半島の端に到るまで全て共産化されることは疑いがない。」70年代ですらこの状況にあったのだ。

※9 柴田翔の『されど我らが日々』(文藝春秋)は、思想と生活のジレンマに苦しんだ当時の学生の生

き様を鮮烈に描き出している。

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