「明治の男に学ぶ中国古典」

「孔明の罠」の呪縛

秋山真之と『孫子』に学ぶ戦略と戦術〈4〉

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2011年1月5日(水)

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 秋山真之に対する有名な形容の一つに、「智謀湧くが如し」があります。まさしく名軍師の颯爽とした姿を彷彿とさせる言葉ですが、では中国史のなかで、これと同じ形容が当てはまる人物は誰かと考えてみると……。おそらくその筆頭にあがるのは諸葛孔明ではないでしょうか。ただし、史実の方ではなく、あくまでフィクションの登場人物としての孔明の話ですが…。

 なにせ孔明の智謀たるや、敵の行動を読み切って到る所に罠を仕掛けておき、曹操や司馬仲達などをいつもキリキリ舞いさせてしまうのです。「孔明の罠」という言葉もありますが、まさしく敵側の方は「孔明の奴め、次は何を仕掛けてくるんだろう」「また罠ではないのか」と脅えながら、行動せざるを得なくなるわけです。

 しかし、ここで一つ疑問。人は、現実の世界においても、孔明のような智謀を本当に発揮することができるのでしょうか。真之でいえば、彼は日露戦争の際、先々の展開を完全に読み切ったうえで、作戦計画を立てられたのでしょうか。

 実は、答はイエス/ノーの二分法でいえば、ノーに近いのです。そして、ここにこそ戦略というものの一つの考え所があります。今回は、競争環境はどこまで予測可能か、という観点に注目して、戦略の本質を掘り下げていきたいと思います。

「勢」の全体図を見極めて有利に適宜動く

 競争環境の予測という点では、『孫子』劈頭の始計篇に、ちょっと解釈の難しい、こんな言葉が置かれています。

・ 「勢」とは、その時々の情況にしたがって、臨機応変に対処することをいう(勢とは利に因りて権を制するものなり) 始計篇

 この「勢」という文字、文脈によって「情勢」とか「勢い」と訳し分けられたりしますが、戦場をゲームの盤面にたとえるとするなら、おそらく次のような意味を現わしていると解釈できます。

 「敵や味方、第三者勢力などが、大小のエネルギーを持ちながら、盤面中に配置されている。そのエネルギー分布を『勢』という」

 このニュアンスが、俯瞰した場合には「情勢」となり、個々の立場に収斂すると「勢い」となるわけです。そして、敵や味方、第三者勢力のエネルギーは、食糧事情や周囲の環境、疲労度などさまざまな要因によって、強くなったり弱くなったりします。この全体図を見極めて、自分の有利なように適宜動くことが重要だ、という指摘なのです。

 そしてポイントは「権を制する」、つまり「臨機応変の対処」の部分なのです。

まるでアニメの『攻殻機動隊』のような世界

 実は、同じ『孫子』の始計篇には、こんな言葉も置かれています。

・ 開戦に先立つ作戦会議で、勝利の見通しが立つのは、勝利するための条件がととのっているからである(それいまだ戦わずして廟算勝つ者は、算を得ること多ければなり) 始計篇

 この書き下し文にある「廟算」という言葉、一般向けの『孫子』解説書には「敵の出方を見切って、勝てる作戦計画を立てること」のように書かれていることがあります。しかし、実はこの解釈、よほどよい条件が揃わない限り、成り立ちません。なぜなら『孫子』自身のなかにも、次のような指摘があるからです。

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著者プロフィール

守屋 淳(もりや あつし)

1965年東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。大手書店勤務を経て、現在は中国古 典、主に『孫子』『論語』『老子』『荘子』『三国志』などの知恵を現代にどのように活かすかをテーマとした執筆や企業での研修・講演を行う。著書に『心をほぐす老子・荘子の教え』(日本実業出版社)、『「論語」に帰ろう』(平凡社)、『「勝ち」より「不敗」をめざしなさい』(講談社)、『孫子・戦略・クラウゼヴィッツ―その活用の方程式』(プレジデント社)ほか多数。訳著に『現代語訳論語と算盤』(ちくま新書)。講演CDに『幕末・明治の英傑に学ぶ』(日経BP社)。『渋沢栄一の「論語講義」』守屋淳編訳 平凡社新書。著者ホームページはこちら



このコラムについて

明治の男に学ぶ中国古典

渋沢栄一、秋山真之、岡倉天心ら明治の偉人たちは『論語』『孫子』『老荘思想』などの中国古典を体得し、自らの活動の糧としていました。こういった中国古典が日本にどう定着していったのか、そしてそれらが明治の偉人たちにどう受け入れられ、どのように世界へ広まっていったのかを彼らを軸にして描きます。

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