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第7話 株式のオプション価値は法律上の保護に値するか

  • 草野 耕一

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2011年1月27日(木)

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企業再建交渉

 大分前の話になるが、ある外国企業(以下、「X」社という)と日本の銀行(以下、「Y行」という)の交渉の場に同席したことがある。交渉の主題は、財務状況が悪化した自動車会社(以下、「Z社」という)の再建問題であった。Z社のメイン・バンクであるY行は、X社がZ社に数千億円規模の出資を行い、X社の指導の下でZ社の再建が進められることを望んでいた。X社はZ社に資本参加すること自体には積極的であったが、Z社に蓄積された膨大な負債が再建の足枷になることを懸念し、資本参加の条件としてY行が貸付金の一部を放棄することを求めてきた。企業再生実務に詳しい人に言わせると、「この段階で日本の銀行が債権放棄をすることなど絶対にあり得ない。交渉するだけ時間の無駄」らしいが、幸か不幸かX社はわが国の「常識」にはあまり関心がないようであった(※1)

 この交渉の結末がどうなったかはさておき、ここでは上記の債権放棄問題に関してX社とY行が交渉の場で展開したロジックに注目してみたい。

 X社の交渉担当者は言った。「現在のZ社の財務状況から考えると失礼ながら貴行の債権の時価は額面割れをきたしていると思います。もちろん我が社が数千億円規模の出資をすれば、貴行の債権も価値を回復するでしょうが、貴行としても当社の経済的貢献にフリーライドしようとは考えておられないでしょう。である以上、債権の一部放棄をして本件取引をまとめることは極めて賢明なご決断と言えないでしょうか。」

 Y行の担当者は答えた。「もちろん、当行は貴社の貢献にフリーライドしようとは考えておりません。しかしながら、当行の債権が額面割れをきたしているとのご指摘はいささか心外です。当行はZ社に対する貸付金を正常債権に区分しておりますが、この処理に対して金融庁からクレームを受けたことは一度もありません。そもそもZ社の株式は同業他社と比べても遜色のない価格で取引されています。債権に劣後するはずの株式に十分な市場価格が備わっているということ自体がZ社に対する債権が額面価値を保持していることの何よりの証しではないでしょうか。」

 このやりとりを聞いてどちらの主張に分があると感じられたであろうか(※2)。様々な意見があるかと思うが、「債権放棄を求めるX社の要求の当否はともかくとしても、『Z社の株式に十分な時価がついている以上債権の額面割れはない』というY行の主張にはいささか無理があるのでは」と感じた人が多いことであろう。しかしながら、この主張がなぜおかしいのか、その理由を明確に説明することは意外と難しく、ましてや、この現象を法律上どう評価すべきかと問われたら答えに窮するのではないだろうか。

 この問題を解くためには、財務状況が悪化した企業の株式に備わる「オプション価値」の意味とその経済的特質を知ることが重要である。これからその話しを始めるが、まずは、「負債比率(その正確な定義はすぐ後で与える)の変化に伴う株主価値の増減」という現象の全体像を理解してもらう必要がある。いささか長い道程となるが、行き着く先は豊饒な知の世界であること必定なので、是非お付き合い願いたい。

モジリアニ・ミラー命題

 最初にいくつか言葉の定義をしておこう。

 債権者が企業から受け取る元利金の割引現在価値の総額を「債権者価値」、「株主価値」と「債権者価値」の和を「総資産価値(enterprise value)」、総資産価値に占める債権者価値の割合を「負債比率(leverage ratio)」とそれぞれ呼ぶことにする。なお、総資産価値は企業の利払前収益の割引現在価値でもある。利払前収益は最終的には債権者か株主のいずれかに帰属するものである以上、利払前収益の割引現在価値は株主価値と債権者価値の和、すなわち総資産価値と一致せざるを得ないからである(この考え方を「価値の加法性(value additivity)」という(※3))。

 企業の資金調達手段には、株主資本の調達や銀行からの借入をはじめとして転換社債の発行、あるいはコマーシャル・ペーパーの発行など様々な方法がある。1株あたりの株主価値の最大化を目指してこれらの資金調達手段の組み合わせを考える営みを一般に「資本政策」という。資本政策の中心課題は「最適な負債比率はいくらか」という問題であるが、この問いに対して、「負債比率をいくらとしても1株あたりの株主価値は変わらない」と答えたのはF. ModiglianiとM.H.Millerという二人の経済学者であった。この主張は、二人の名を冠して「モジリアニ・ミラー命題」、略して「MM命題」と呼ばれている(※4)

※1 ちなみに、私はこのような外資系企業の交渉スタイルが嫌いではない。一見非常識と思える提案から予想外の(しかも、しばしば双方にとって有益な)成果が生まれるからである。

※2 本文に記載したような仰々しい議論が交渉の場で交わされることに一部の読者は驚きを覚えたかもしれない。思うに、驚きの一因は、「このような杓子定規な主張をして人を説得できるはずがない」という懐疑の念によるものであろう。この懐疑は半分あたっていて半分はずれている。一般に、説得は訴えかける客体を規準として、利己心に訴える「功利的説得」、規範意識に訴える「規律的説得」、感情に訴える「情緒的説得」の三つに分けて考えることができる。企業同士の交渉において一番パワフルな説得は功利的説得であるが、なまじ説得力が強いがゆえに交渉の場でこれをあからさまに語る人は稀である。これに代わって交渉の場で中心をなす言説は規律的説得であり、本文に記載したX社やY行の主張はまさに規律的説得である。規律的説得の力は功利的説得には劣るがその威力は侮れない。企業間交渉を司る生身の人間に「良き人生を歩もうとする」意識が強い場合はなおさらである。以上の点につき、詳しくは草野耕一「説得の論理3つの技法」(日経BP社2003年)参照。

※3 詳しくは、草野耕一『金融課税法講義[補訂版]』85頁以上参照。なお、法人税の支払額を考慮に入れた議論はあとで行う。

※4 「MM第一命題」と呼ばれることもある。この場合のMM第二命題とは株式と負債と総資産の各期待収益率の関係を表した命題である。

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